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敏洋’s 昭和の恋物語り

愛の横顔 〜100万本のバラ〜  (五) 

2023年08月24日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 親戚一同からは「まっとうな職に就いたらどうだ!」となじられる。「知り合いの会社につとめて、しっかりと母親の面倒をみてやれ」と忠告もされる。しかし健二にしてみれば、姉が昼間に母親の介護をし、夜中を健二が介護しているのだ。認知症が発症してしまった母親は、昼夜関係なく自分の思いどおりに活動する。なので役割分担をしているのだ――健二はそう思っている。しかし周囲の目は冷たく、「認知症が出てしまっては、もう施設に入れるしかない。こうなっては聡子の体が心配だ。いつまでも道楽でもあるまい」と、健二のわがままと映っている。
 健二の栄子に対する愛情は本物だ、しかし漠然とした不安が健二を押しつぶそうとしてくる。いっそ周囲の言うとおりに母親を施設に入れて、安定したサラリーマン生活で栄子とともに、と考えたこともある。 その一歩として栄子に手術をさせて、プロダンサーではなく他の同期生とおなじく趣味としてのフラメンコをやればいい思ったこともある。そのことを話したこともある。しかし、「健二がバンド活動をやめることと、あたしがダンサーをやめることが、どうして同じなのよ! あたしの人生に入りこまないで!」と拒絶された。 「やめて、その話は! あたしはつづけるのよ、まだ。トップに立つのよ。どうなの、協力してくれる気はあるの。どうなの!」 健二の話をさえぎって絶叫する栄子だ。健二は無言でギターを手にした。ゴルペ板を指先で叩きながら「カンテはなんなんだ。それ次第で、踊りも変わるだろうし」と、栄子に問いかけた。右足を前に出して準備を終えた栄子が「知らないわよ、そんなこと。急な話だから、主宰も大あわてよ」と、不機嫌に答えた。
「よし! じゃ、マラゲーニャからだ。この曲は間違いなくやるはずだ」“やっぱりよね。カスタネット、というわけにはいかないわよねえ”。「プランタだぞ、手を抜くわけにはいかんぞ。たぶんメインとして考えてるはずだからな、主宰は」。栄子の考えは知ってるぞとばかりに、たたみかけてきた。「分かってるわよ、キチンとした音を出すわよ。上げたかかとがまっすぐに下りないと音がだめなのよ。つま先の位置もずれちゃだめだし、フラメンコを知ってる人が見たらすぐにバレちゃうから」
 健二の演奏にあわせて、ゆっくりと背をのばし両手を高くかかげる。くるりくるりとまわる手首、指先もまた動きはじめる。健二のかん高い声がひびくと、その声にあわせて足を踏み鳴らす。ギターのリズムが早くなると同時に両手を腰にあてがい、大きくターン。つづいてスカートの裾をつかんで大きく跳ね上げる。そしてここで、プランタだ。しっかりと爪だけを床に突けて、足の甲をしっかりと伸ばし、かかとを高く上げる。つま先の位置がずれないように、上げたかかとをまっすぐに落とした。「カッ、カッ、カッ、カッツーン゜!」
 片手を上げて背筋を伸ばし、大きく再度のターン。床を踏みならすプランタ音がより激しくなる。額に噴きだす汗が左右に飛び散った。「オーレ! オーレ!」の掛け声とともに指の動きも激しくなり、腰を使っての動きも強くなる。 突然ギター演奏が止まった。苦痛に歪んだ表情を見てとった健二が声を張り上げた。「だめだ、だめだ! 引退だ、もう。床が泣いてるぞ。栄子にも分かってるだろう」
 顔面蒼白で立ちすくむ栄子、ひと言も発しない。ただじっと足下を見つめて、噴き出る汗を拭こうともしない。床にポタリポタリとしたたり落ちる。汗なのか、涙なのか…。「つづけて!」 栄子の絶叫がひびいた。

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