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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (三百三十九) 

2023年03月30日 外部ブログ記事
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「いいのよ、たまには。武蔵は出張でいないし、千勢には遅くなるからっていってあるから」「ですが、小夜子奥さま。もう陽がかげっています。ご自宅に着くころには、それこそ……」 あわてて、小夜子を制止しようと必死になる竹田だが、そんなことをきく小夜子ではない。鼻であしらって、おわりだ。「いいのよ、竹田は帰っても」。それで終わりだ。むろん、そんなことで竹田が帰ってしまうことはないことは、小夜子にはよく分かっている。竹田にしても、社命とうことだけで従っているわけではない。小夜子には恩義がある。なんといっても、姉である勝子の恩人なのだ。
「なんのために生まれたの? 家族を苦しめるだけだなんて……」。「ただただ病気をせおってだけの、こんなつまらない人生なのね」。厭世主義にでもとらわれてしまったような愚痴を、毎日のようにもらしていた勝子に、華を与えてくれたのが小夜子なのだ。 入院生活でベッドにしばられつづげる日々を送っている。毎日まいにちを、を窓の外から聞こえてくる子どもたちの歓声や華やいだ女子高生たちの会話に、そこに空想の己をおいて目を閉じる日々をすごしている。
 雨の日。なんの喧噪もない、ただただ空虚ないちにちがある。筋のように上から落ちてくる雨に、おのれの身を写してしまう。「なんの疑問ももたずに、上から落ちるだけなのね」。「屋根にあたればそのまま樋のなかに、また落ちこんでいく」。「地面にとどけばそれで終わりならいいのに、『ドロピチャだ』とみんなに疎まれるのにさ」。「でも最期には、海にながれこむのよね。ほかのみんなといっしょに」。「あたしは、あたしは、だれといっしょになれるんだろう……」。最後には無常観に囚われる勝子だった。
 勝子だけでなく、自責の念にかられつづけていた母親。遊び感覚でかわした接吻を近所の大人に見とがめられて、田舎を追い出されたふたりだった。ひと間の部屋に、生きていくためだけに同居をはじめたはずだった。単なる同居人であったはずの男との一夜が、大きく人生を変えてしまった。身ごもっていたことを知らなかったとはいえ、浴びるように酒を飲んでしまった。
“なんで姉さんだけなんだ”。恨みに思うこともあった竹田。病弱な姉ゆえのことと分かってはいたが、なにかにつけて姉を優先する母親だった。たまに届けられる隣家からのたったひとつのたまごが、姉の膳の上にのっている。白いご飯のなかに、いや中央にたて線のある麦ごはんを主とした茶碗のなかに、こんもりとした黄色がある。どんなに竹田が欲してもまわってこないたまごがのっていた。下を向いてしょっぱい麦飯を口にする竹田の恨みごころは、いまでも苦しめている。
そんなふたりすらも救ってくれたのが、誰あろうこの小夜子なのだ。“この方のためならなんでもできる、代わりに死ぬことだっていとわない”。そんな思いでいる竹田だった。

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