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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 (清二という男) 

2021年05月01日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 京都で修行をしていたという清二の触れ込みが、実は真っ赤な嘘だったことが明らかになったのは、当人が厨房に立ったときだった。
「何ができる?」と板長に問われた折に、キョトンとした表情を見せた。
問われるままに話し始めたことは、そのまま大女将の知ることとなった。
「想像はしていました。料亭の名前を聞いても、はぐらかされましたからねえ」。
「仕込みますか」という板長に対し「その必要はありません。
厨房については、すべてあなたにお任せしていますから」と、傲然と言い放った。

(かわいそうなものだ、あの子も)。
しかしだからといって、今さら板前修業をさせるわけにはいかない。
何の基礎もない人間に忙しい時間をつぶしてまでは無理だ。
必然、板長の時間を割かねばならないのだ。
(嘘を吐いた親が悪い。まあ、女将の代替わりを待つしかないだろう)。


 父親である栄三に聞かされていたこととはまるで違う立ち位置に不満を持ちつつも、一日をぶらぶらと過ごしていても何も言われない。
珠恵の視線が気にはなるが、小言を受けることもない。
(ぼくは何のために名水館に呼ばれたのか)。
そんな疑念を持ったりもするが、番頭やら仲居たちの腫れ物に触るような接し方に、ついつい錯覚をしてしまう。
(そのうちに何か大きな仕事を任せられるのかもしれない)。

しかしその中で一人、小生意気な態度を取る仲居がいた。それが光子だった。
従業員たちに尊大な態度で接してくる清二に対して、常に威嚇するような視線を向けてくる。
話しかけようとしてもそくさとその場を離れてしまう。
まだ二十歳前だと聞いている。
清二よりも二つ年上なだけなのに、まるで子ども扱いをしてくるのだ。

 ある夜、珍しく光子にお客が付かなかった。
忙しく立ち回りはするが、どこか緊張感に欠けた呆ける状態になることがしばしばあった。
このひと月近くは年末年始ということもあり、普段よりも疲れが激しい日々を送っていた。
そのことを気遣った珠恵の心尽くしだったが、それが仇となってしまった。
体調の悪さを訴えて仕事を休む、それをしていればと悔やまぬでもなかったが、それでも事は起きてしまったかもしれない。

光子の異変に気付いた清二が「どうした、気分でも悪いのか。いつもの悪口はどうした」と、いつも以上に光子にまとわりついた。
口答えをする気にもなれずに、無言を通す光子だった。
どうにも我慢が出来なくなった光子は、清二が離れた隙に布団部屋に駆け込んだ。
五分でも十分でもと横になった途端に、そのまま眠りについてしまった。
そしてその折に、清二に手籠めにされてしまった。

おぼろげだったが、誰かが自分の上に覆い被さっていると感じはしたものの、何の抵抗もせずにいてしまった。
せめて大声を出していればと後悔したが、すべては後の祭りだった。
清二としては単なる嫌がらせのつもりが、光子に対する感情を抑えることが出来ず、また大した抵抗もせずに身を任せているように感じてしまった。
「好きなんだ、光子が」。思いもかけぬ言葉を口にしてしまった清二に「あたしもよ」と応えてくれた気がした。

 翌日に顔を合わせた折に何の表情も見せない光子が眩しく、逃げるように隠れる清二だった。
昨夜のことは夢ではなく現実だと感じはしたが朦朧とした意識の下でのことであり、ひょっとして清二か? と思わぬでもなかったが、そんな勇気は持ち合わせていまい、客の誰かなのだろうと考えた光子だった。
ならばここは毅然とした態度でおらねばならぬ、とも考える光子だった。
大声で泣き叫び大気持ちがあるのだが、誰にも知られてはならぬ、と自分に言い聞かせている光子だった。
今ここで騒ぎとなって名水館を辞めることにでもなれば、実家への仕送りができなくなる。
どころか自身の身の置き場がなくなってしまう。
それだけは避けねばならぬ事態だ。
自分の隙が招いたことだと、感情を抑える光子だった。
しかしこのことが、後々に幸いと災いを呼ぶことになるとは、今の光子には思いも寄らぬ事だった。

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