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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第一部〜 (百一) 

2021年04月22日 外部ブログ記事
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 突然に武蔵さまと謙譲語に変わったことに違和感を感じつつも「ご亭主の酒は?」と聞くしかなかった。
「落ち込むお酒、でございます。愚痴の多い、ひがみが激しい、そして終いには、暴力の出る、お酒でございます」
 気丈に振舞う光子だったが、波間の強い反射光を避けるが如くに手を顔にあてた。溢れそうになる涙を、隠すためにも。
「戦争前はそれほどでもなかったのですが、帰還してからと言うもの酷くなりました」
「外地に? 」
「はい。ですが、どこと言わないのです」
「 船便で分かるでしょう? 我々は内地でしたがね」
 ゆっくりと煙草をくゆらせながら、いつもの武蔵に戻った。

「左様で。宅は、22年の冬でございました。ひょっこり帰って参りまして。
一年ほど、どうもあちこち尋ね歩いていたようでございまして。
でもどうして、何も言ってくれないのか」
「言いたくない事情があるんでしょう。我々だって墓場まで持って行くものがありますから」
「でも……妻のあたくしなら……」

「光子さん。そりゃ、無理だ。ぼくには、ご亭主の気持ちが良く分かる。
内地の僕だから、人づてに聞いたことでもあり、本当の意味で分かっているとは言えんのですが。
戦争はね、地獄です」。言葉を選びながらその悲惨さを語った。
「終いには、人間が人間でなくなります。人間ならば発狂するでしょう」と、結んだ。
目を伏せたままただじっと聞き入っていた女将だが、指からこぼれる砂粒と共に溢れ出る涙を砂地に吸い込ませた。

「お二人はご戦友で?」
「そうです。親兄弟より強い絆があります」
「男の方は、お宜しいですね」
 嘆息交じりの言葉を洩らし、ゆっくりと立ち上がった。
その言葉から羨望感といったものは感じられない。
ただ単に、とってつけ付けたような、砂地のあちこちに顔を出している貝殻のように誰もが見つけられるようなものだった。
「女は、いやらしいものです。家族のためという美辞麗句を並べ立てて、己を擁護します。それがどんなに……」

「女将らしくないですな、そんな弱気は」
 聞いてはいけない言葉がその後に続きそうな予感のした武蔵は、慌てて女将の言葉を遮った。
女将もまたその言葉をぐっと呑み込んで、これ以上はないとっておきの笑顔で武蔵に応えた。
「あら。取られましたね、あたくしの言葉を」

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