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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第一部〜 (九十七) 

2021年04月14日 外部ブログ記事
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“うーん。やはり、未だ時期尚早か。無駄足だったか”。
重い気持ちになったものの、“あの女将に会ってみるか、嘘を吐いたとも思えんし”と、思い直した。
 角のタバコ屋に設置してあった公衆電話を利用した。
「はい、明水館でございます」
 女将の溌剌とした声が、武蔵の耳に心地よく響いた。
「や、どうも。昨年の秋にお世話になった、富士商会の御手洗ですが。覚えていてくれ、、、」

「まあ、社長さまですか? その節は、ありがとうございました。
お礼に伺わねばと思いつつも、中々に時間が取れずにおり、申し訳ありませんでした」
と、武蔵の言葉を遮った。
「いや、そんなことは。実は今、熱海に来ているんです。
でね、今夜の宿をお世話になろうかと思いましてね」
“覚えていてくれたか。満更、社交辞令でもなかったわけか。
いやこんなことは、女将として当たり前のことか?”

すぐにも快諾の返事が返るものと考えていた武蔵に、意外な言葉が返ってきた。
「本日でございますか? ちょっと、お待ちくださいませ」
“何を勿体ぶるんだ! ガラガラだろうに。この女将も、やはり商売人か”。
気持ちの良い女だと感じていた武蔵だけに、落胆の思いが激しく襲った。
暫くの間の後、武蔵のイライラが頂点に差し掛かった時「お待たせして申し訳ありません。
今、どちらにお見えでしょうか? これからすぐにお迎えに参りますので」
と、急き切った声が武蔵の耳に入った。

受話器を置くと、国道の向こう側の海岸から海風が吹いてくる。
半年ほど前のどんちゃん騒ぎが昨日のことのように蘇ってくる。
正直のところ後ろ髪を引かれる思いで宿を後にしたが、そんな思いは初めての経験だった。
というよりは、思いを遂げずに帰ることのない武蔵ゆえのことなのだが。

気に入った女性に出逢うと一日滞在を増やしている。
そして一度限りになることの多い契りを交わす。
むろん「必ずまた来る」と言い残しはする。
その言葉に嘘はない。確かにそう思うのだが、列車に乗った途端に雲散霧消してしまう。
「情がないんだよ、社長には」とはキャバレーの梅子の言葉だが、確かにと納得する武蔵だった。
なので、あの女将のこともそうなるだろうと思っていたのだが、あに図らんや糸を引くように思いが消えないでいた。

 所在なげに煙草を吹かしながら待っている武蔵の横に、かぶと虫という名称で親しまれている小型の車が横付けされた。
「申し訳ございません、社長さま。お待たせいたしました」
 驚いたことに、女将自身が迎えに現れた。
車から降りた女将は、にこやかな表情で深々とお辞儀をした。
「いや、これは。女将直々の出迎えとは、恐れ入ります」
 先ほどまでの不機嫌もどこへやら、武蔵は相好を崩した。
しかし大型のアメリカ車に乗り慣れている武蔵には、その車はあまりに窮屈に感じられた。
ちょっと体を動かすと、すぐに隣のシートに当たってしまう。
しかしいやな気持ちはまるでなかった。
どころか、女将がより身近に感じられる。

「女将が運転されるのですか?」
 女性が車を走らせることなど、思いも寄らぬ武蔵は感嘆の声を上げた。
「お怖いですか? 大丈夫でございますよ、乗り慣れている車ですので」
「いや、そうではなくて」
「よろしいのですよ、社長さま。女だてらに、と良く言われますので」
 ゆっくりとしたスピードで走らせながら、女将は
「実のところ、お客さまのお迎えは初めてなのでございます。
社長さまのお声を聞きましたら、居ても立ってもいられなくなりまして」
と、鼻を鳴らして応えた。
「それは、光栄ですな。女将となら、心中となっても本望ですよ」
「まあ、ご冗談を」

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