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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第一部〜 (二十四) 

2020年10月27日 外部ブログ記事
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 半年の時を経たある夜、戸口をトントンと叩く者がいた。
うつらうつらとしていた茂作が気付いたのは、幾度かの後だった。
立ち上がるのも億劫だと、座ったまま「誰じゃ?」と、声を張り上げた。
「わたしです…」
 女の声がした。しかし声が小さく、何と言ったのか、茂作には聞き取れなかった。
「誰じゃ?」
 もう一度問いかけた。今度は少し大きく、そして力強い声が聞こえた。
「澄江です」

“はて面妖な。すみえとは。すみえと言えば、わしの娘も澄江という名じゃが……”
 瞬時、頭が真っ白になった。
脱兎の如くに戸口まで駆け寄ると、閂を抜くのももどかしく「 澄江? 澄江か? 澄江、なのか?」と、声をかけ続けた。
「お父さん、お父さん、ごめんなさい……」
 涙で顔をくしゃくしゃにした澄江が、そこに居た。
あの日の、失踪時と同じモンペ姿の澄江がいた。
月明かりの下、ボストンバッグを両手で抱える澄江がいた。

「おゝう、澄江じゃ。澄江じゃ。入れ、入れ。よお、戻った。よお戻ってくれた。さあ、さあ」
 澄江の肩を抱きかかえて、中に入れた。
茂作の元では元気な澄江でいられるが、離れてしまえば毎日を泣き暮らす澄江がいた。
茂作の中では、やつれた姿の澄江がいた。
苦労の連続を重ねて痩せ細った澄江がいた。
しかし今抱きかかえた澄江は、ふっくらとしている。
肌に生気があり、肉付きも良い。
信じたくないことなのだが、茂作の元で暮らした澄江よりも安定した食生活を送っていたことになる。
「元気してたか?」

「うん……」
「そうか、そうか。心配したぞ、心配した」
 澄江を正視しないままで何度も体を気遣う言葉をかけながら、板の間に上げた。
澄江もまた茂作を見ることもなく、ただ一点、奥のかまどを凝視しながら歩いた。
毎朝毎晩かまどに火を入れ煮炊きをし、そして何度も何度も洗った釜がピカピカと光り輝きながら澄江を迎えてくれた。
(毎日おすいじしてたんだ。きちんと生活してたんだ)。

 一座で御三どんをしているときに、常に頭から離れなかったのが茂作の食事のことだった。
飲めないお酒を飲んでいないだろうか、お隣のおよしおばあさんに悪態を吐いていないだろうか。
本家ともめ事を起こしていないだろうか。
気にし始めるとキリがない。今からでも帰ろうか、幾度となく思ったことだ。
しかし毎日を土と藁に責め立てられることに疲れ切ったときに、慶次郎からの優しい誘いの言葉を受けてついふらふらと付いてきてしまった。

 一座を出て、茂作の元に返るかそれとも独りでどこかでひっそりと暮らすか、駅舎で半日考えた。
家出娘ではないかと勘ぐった駅員から声をかけられて「これから帰るところです」と返事をして、ようやく心が決まった。
(大丈夫、大丈夫よ。お父さんは許してくれる。
今までだって、間違ったことをしたときでも許してくれた)と、己に言い聞かせながら汽車に乗った。

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