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敏洋’s 昭和の恋物語り

歴史異聞 第一章 『 我が名は、ムサシなり!』 (五)寺での修行 

2020年05月26日 外部ブログ記事
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 十年の余を寺で過ごしたごんすけが住職に対して「還俗したい」と申し出た。
突然の思いもかけぬことに慌てる住職だったが、ごんすけを僧侶として縛り付けぬと沢庵和尚との間で交わした約束がある。
しかし即座に結論を出すことはできない。
三年目に引き合わせた出島のオランダ商人に対して発した
「この国を出てしまえば、もう二度と戻れぬのでは」「わたしは、所詮のこと、根無し草の身です」
というごんすけの諦めの言葉に、強く胸を打たれた。

 沢庵和尚が言う「憂慮せねばならぬ」ということが、ごんすけの口から出た「根無し草の身」であることに気付かされた。
祖霊信仰が根付いているこの国において、祖先の居ないことがごんすけの行く末に暗い影を落とすことは目に見えていた。
といって今さら故国の南蛮国に戻る意思を持たぬごんすけには、また戻ったとしても係累の分からぬ身では同じ事と思える住職だった。
いっそこの寺で一生を終えることがごんすけには幸せなのではないかと考える住職だったが、
「今しばらくこの寺に留まってはどうじゃ」と口にするのが精一杯だった。

「和尚さま。わたしは、僧侶には向いておりませぬ。お許しください」と、書き置きを残して寺を出た。
山が赤く染まり、ごんすけとの別れを惜しむかのように、風もまた木々を揺らして葉を落とした。
 しっかりとした足取りで山道を歩くごんすけに、もう迷いはない。
「南蛮国での生活もあるのだぞ」と諭されたものの、言葉の通じない地での暮らしぶりが想像できぬごんすけではあった。

寺での生活では安穏に暮らすことはできたが、武芸の鍛錬と共に大陸の明から届いた軍学に関する書物をも読み耽ったことで、武士への憧れが湧いてきていた。
もう一つの大きな因が、村人たちから寄せられる毛色の違う己への好奇な視線だった
。村に対するなにがしかの貢献に対する畏敬の念ならば、ごんすけも受け入れることが出来る。
しかし住職やら沢庵和尚のような高名な僧侶に対する畏怖心からのものではない。

 街道ではなく山道を選んだごんすけに、迷いはない。
大きく肩を揺らしながら山道を歩くごんすけの表情は明るかった。

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