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独りディナー
右脳から、左脳へ
2018年04月03日
テーマ:シニアライフ
ここのところ、真面目な私は練習に明け暮れる毎日である。
スマホも、ピアノの側に置いてはあるけれど、大きな音を出して弾いていると、聞こえないし気づかない。
一休みして、スマホを覗くと、受信記録があったりする。
たとえ運良く気付いても、電話に対応しきれないくらい疲れ切っていることも多い。
先日息子から電話があった時は、10分待ってもらって、こちらからかけ直した。
頭の中が、一杯一杯で、他の方面に思考を替えるには、ちょっとした息抜きが必要なのだ。
息子が訊く。
「ねぇ、お母さんは若い頃から、数時間ぶっつづけで練習するのには、慣れてるんでしょう?」
「うん、まあね。
でも、若いときは身体が疲れるだけだったけれど、今は頭がくたくた。」
これを、老化というのだろう。
若いときは、その日に学んだことは大体一晩寝ると疲れもとれて、続きから始めることが出来た。
子育て中の、中年の頃は、時間の使い方には長けてきたけれど、一晩寝ると大半忘れてしまうのには、驚いたものだ。
全くゼロではないにしろ、三歩進んで二歩退る、の心境であった。
今はどうだろう。
一歩の為には五歩必要、と言うところかな・・。
明日本番なのだが、他のプログラムの為の練習も山積している。
昨日辺りから、もう頭の中が一杯一杯である。
明日の本番のためには、余分な四歩分を、頭の中から消し去って、新鮮な気持ちでピアノの前に座りたい。
昨年は、雨がしとしと降っていた。
お仲間の一人は急病で、残念ながら当日は出演できなかった。
今一人は、入院してらしたお義母さまが、当日退院なさるという。
果たして、無事に会場に姿を表すことが出来るだろうか・・。
一応責任者の私は、雨模様の窓外を眺めながら、急遽アンコールとして、ショパンの「雨だれ」を弾くことにした。
そうやって、美しいお庭に囲まれたチューリップ・フェアを、何とか乗り越えたのだった。
今年は、昨年退院なさったお義母さまが、今は危篤の病で、再び病院にいらっしゃる。
私は又、不測の事態も考えて、何かアンコールでも弾かなくては、と考えているのだ・・。
こうして、ブログを書くのは、ピアノで疲れた右脳から、文章を書く左脳へと、変換器のように切り替える意味が、とても大きいと思う。
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ズボラ
喜美さんが仰ると、ズボラという言葉が、楽しげな響きになりますね。
実はね、私も、ず・ぼ・ら、なのです。
知らなかったでしょ。
顔で損を(得?)しているところがあります。
真面目と言う言葉を、額に貼り付けた様な、容貌でなので・・(笑)
まあ、しかたありませんね。
2018/04/03 17:32:57
バランス
真面目人間、というレッテルを、自ら貼ってしまいましたね・・。
私の中では、真面目とズボラが共存していまして、本質はどちらなのか、自分でもよくわかりません。
人生の大半は、キリギリスでもあり、雑に生きています。
只、ピアノを弾く、というのはある意味アスリート的な面があって、これはズボラでは成立しませんよね。
まあ、余りにズボラな私は、ピアノでバランスを取っているのかも知れません。
2018/04/03 17:26:16
ズボラ人間
貴女まじめすぎます
私昔からズボラ 成る様になるさー
先の事など解らない(歌にあるでしょう)今日を楽しく毎日楽しく いい加減人生です(良い加減人生)
2018/04/03 16:34:34
仕方ありません
私はかつて、一キロを、十分で歩いていました。
今は、十五分かかります。
情けなや……
と思う半面で、こうも考えます。
まだ、歩けるじゃないか……
時間さえかければ、人並みのことが出来る。
往時に比べるから、いけない。
私にも確かに、盛期があった。
しかし、あれは、仮の姿だった。
人は誰しも、衰え、そして死んで行く。
今の私こそが、本然の姿だ。
それを、甘んじて、受け入れるよりない。
私は、このように、人生を開き直って、生きております。
シシーマニアさんのような、真面目人間に「ズボラ」をお勧めするのは、
内心忸怩たるものが、あるのですが……(ニヤっ)
2018/04/03 11:52:32