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敏洋’s 昭和の恋物語り

長編恋愛小説 〜水たまりの中の青空〜(十六) 発車、オーライ 

2015年08月09日 外部ブログ記事
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どこといって行く当てのない彼は、初めに来たバスに乗り込んだ。
仏頂面で迎える車掌に対し「どうも」と声をかけてしまった。
毎朝のバスには目がクルクルとよく動く、まだ二十歳そこそこだという女性車掌が乗っている。
愛くるしい顔立ちでもって、乗客の間では姫さまで通っている。
ギュウギュウ詰めであるにも関わらず、姫のアナウンスが流れるたびに、皆一様にほっとした表情を見せた。
しかし今日の車掌は、そんな彼の言葉に応えることなく「発車、オーライ」と運転手に向かって告げた。

まばらな乗客の中に、楽しく語らう二人連れ。
行楽帰りなのか、ぐったりとしている子供達。
そして一人ニヤついている、サラリーマン風の中年。
彼は、漫然と眺めた。
バス停に止まる度に、乗降が繰り返される。
どこで降りようかと思案している内に、華やかなネオンが見えてきた。

幸いにも、つい先日バイト代が入ったばかりだ。懐は、暖かい。
“映画でも、観るか。その後、洒落たレストランで食事しよう。
今夜ぐらい、豪遊しても良いさ。”

バスが停車すると同時に、どっと降車口に殺到した。最後部に居た彼は、慌てて立ち上がった。横柄な態度で、車掌が彼を促している。
「すみません」
小声で謝りながら、彼は急いで降りた。バスのエンジン音が小さくなるにつれ、急に腹立たしさが込み上げてきた。
“何で、謝る必要があったんだ。僕は、お客じゃないか”
蔑むような目の車掌に腹も立ったが、謝ってしまった己に対し、より腹が立った。

ツリーに飾られたイルミネーションが、そこかしこに飾られている。
クリスマスも、もうすぐだ。ジングルベルの音楽が、鳴り響いている。
心なしか、行き交う人達も浮き足立っているように見えた。

故郷でのクリスマスは、何もなかった。
仏教徒の茂作には、キリスト生誕を祝うクリスマス等、まるで無縁のものだった。
茂作に隠れて食べさせてくれた一切れのカステラが、唯一のクリスマスの思い出だった。

人込みを避けるように歩く彼は、楽しげに語らう人々に妬ましさを感じた。
少し前までは、羨望のまなざしを痛いほどに感じる彼だったのだ。
痛みを感じるたびに優越感に浸ることのできた彼だった。
俯き加減に歩く彼だったが、不規則な足音が耳に入った。
目を上げると、千鳥足の酔っ払いが居た。
行き交う人に絡みながら、うるさがられ続けている。

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