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敏洋’s 昭和の恋物語り
愛の横顔 〜100万本のバラ〜 (二十)
2023年12月13日
テーマ:テーマ無し
よどみなく話す松下に対し、栄子の中に警戒心のようなものが生まれた。確たる理由はないのだが、なにかしら松下の中にへびのような陰険さを見てとった。“なんでもいいの、だれでもいいの。とにかくパトロンをみつけなくちゃ”。フラメンコダンサーとして世界に打って出るには、賞味期限切れが近づいていることを知る栄子だ。しかし、ぜひにということばが出てこない。いぶかる主宰にひじで突つかれた。
「いま、四時過ぎですから、そうだな、六時にロビーでの待ち合わせとしましょう」 困惑顔の栄子をかばうように主宰が口をはさんだ。「松下さん。女は、いろいろと用意があるのですよ。自宅に一度は帰りたいでしょうし」「いや、これは失礼。気が付きませんでした。それじゃ、ここに部屋を取りましょう。そこでシャワーを浴びるなり、なさればいい」 あくまでの己の主張を、都合を変えない松下の言には、「いうことを聞け」という強さがあった。
しかし急なことであり、「高層階で都内すべてが見渡せる部屋を」と言い張る松下に、ホテル側がその要求に応えることができなかった。こだわりを見せる松下なのだが、栄子のこころに“計算ずくでは? こんやの部屋にそこまでの計らいを要求するふりをしているだけでは?結局は普通の部屋に落ち着かせるつもりなのでは。それに部屋をとるということは……”と、ますます警戒感が湧いてきた。“きょう会ってすぐになんて。いくらパトロン希望の女だからといって、ばかにしすぎじゃないの”
栄子の中にためらいの感覚が生まれた。“この男に捕まったら逃げることはできない”。その反面、“さらなる高見へ連れて行ってくれる”。そんな確信にも似た予感も生まれた。相反する気持ちが表に出ていないかと危惧する栄子だったが、それには気づかぬ風の松下だった。「どうでしょう、松下さま。ここは一旦自宅にもどらせてくださいませんか。栄子も大荷物でございますし、まさかホテルでの宿泊など考えてもいませんでしょうし」
「そうですな、たしかに主宰のおっしゃるとおりだ。即断即決の日々をおくっている松下くんらしい。しかしあまりに急だ。日を改めることはできないかね」 なかば命令調ではあったが、「会長。善はいそげ! ですよ。賞味期限というものがあります。栄子さんの気が変わらぬうちに話を進めたいのです」とゆずらない。
ドキリとした。賞味期限ということばに、虚をつかれた。“この、松下ってひとは……”。栄子を追いつめてくる。じっと見つめてくる松下の眼光は、思いの外おだやかなものだった。口角がすこし上がり、にこやかな表情となっている。栄子を追いつめているのに、“お好きにしなさい”とでも言いたげだ。
「わかりました。でも時間をもう少し遅くさせてはいただけませんか。やはり自宅にもどりませんと。バタバタと出かけてきましたので」 相手のペースに乗ってはならじと、一時間でも遅らせてほしいと告げた。「わかりました。それじゃあ、七時、いや八時にしましょう。帰宅されてバタバタとされるのはいやでしょう。いまの高揚感が落ち着かれてからの決断の方がいい。それと、服装はラフな格好の方がいい。今夜はぼくの好きなお店にご招待したい。飾らぬいつものぼくを見て頂きたいですから」
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