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敏洋’s 昭和の恋物語り

青春群像 ご め ん ね…… えそらごと(五) 

2023年12月10日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 増田商店に着くと「まいど!」と、大声で怒鳴るように叫んだ。間口は七、八メートルほどで奥行きがしっかりある店内で、入り口近くには誰もいないのが常だ。いつもは事務室でふんぞり返っている部長が、きょうは陳列してある商品の確認をしていた。彼の声に気付くといつもの仏頂面で、あごをしゃくり上げて二階へとの指示がでた。その二階には岩田が耳打ちした、あの本田という女性がいる。「失礼しまーす」と声をかけて、事務室横の階段を上がる。階段途中で少し耳たぶを赤くした彼が、また「まいど!」と声を張り上げた。
 二度も同じことばを発してなにをくだらぬことをと思いつつも、いつもそうだ。要するに、まいど以外の気の利いたことばが出てこないのだ。主任からは、お世辞のひとつも言ってこいと言われてはいるが、どうにも思いつかない。まいどと言うことばすら、先輩社員の助言でおぼえた単語なのだ。当初は蚊のなくような声で「こんにちわ」と入った。それはそれで初々しいと当初は好感を持たれていたけれども、ふた月も経つと、営業に「まだ慣れないみたいだな」と笑われてしまった。
 先日のこと「配達の折に注文のひとつも貰ってこい」と言われた。(ジョーダンじゃない! その分の給料はもらってないぞ)と心内で毒づきながらも「はあ…」となま返事をかえしてしまった。(情けない)と己を責めるが、先々月に買ったコンポーネントステレオの月賦支払いがあり、いまはまだ辞められない。けさの勢いは、すぐに溶けてしまうアイスキャンディーのようなものだ。
(ほんと、情けない。彼なら……)

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