読書日記

『天を測る』 <旧>読書日記1521 

2023年11月30日 ナビトモブログ記事
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今野敏『天を測る』講談社(図書館)

幕府の実務官僚である小野友五郎を主人公とした一篇。友五郎は初め笠間牧野家の家臣であり、その蘭学と算術の才能により長崎海軍伝習所の第1期生であった。この伝習所時代については叙述は無く、いきなり安政7(1860)年の咸臨丸がアメリカに向けて出港しようとする場面に始まる。

以降、咸臨丸での航海、小笠原諸島の測量と軍艦(千代田型)建造、勘定吟味役に昇進して第一次長州征伐の裏方としての活動、アメリカに渡っての軍艦購入交渉。幕末の政局の中での慶喜が去った後の大阪城から蓄えられていた古金18万両を江戸に持ち帰るなどの動きを淡々とこなしていく様子が描かれる。また、勝海舟、福沢諭吉などの裏面(?)と言うか幕府官僚から見た視点で描かれている。

話はここまでで終わり、その後の友五郎自身についてはまったく触れられていない。Wikipediaによると、明治政府からは主戦派の重鎮と見なされて投獄されるが、明治4年に民部省への出仕に応じ、鉄道建設に従事、数学教育の普及にも努めたとされている。

本書は著者にとって初めての歴史小説であるが、著者は警察小説で有名らしく(私は1冊も読んでいない)、友五郎の性格などが他の本の主人公に似ているなどの評がチラホラとあるが、私はその点については不明である。目の前の仕事を黙々とこなすという態度には好感は抱けたが、読み始めの頃の合理主義者としての友五郎の描写は不自然に感じ、少し現代的に過ぎるのでは無いかと思ってしまった。

著者の着眼点は面白いものであるけれども、巻末に参考文献としてあげられている藤井哲博『咸臨丸航海長 小野友五郎の生涯 −−幕末明治のテクノクラート』中公新書が無ければ本書は完成しなかったろうとも思えるし、こちらも読みたいと思う(中古本で2500円以上の値段!)。

明治初期の官僚制度は高級官僚には薩長土肥出身、中堅・下級官僚は幕臣が多かったいうこともまた真実であった。幕末期の幕府には優秀な人材を登用し活用するという柔軟さがあるが、打倒すべき対象と目された為にそうした優秀なテクノクラートが歴史の中に埋もれてしまったとも言える。
(2021年6月8日読了)



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