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パトラッシュが駆ける!

張り紙効果 

2010年03月19日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

「あのねー、碁を教えてくれませんかねー」
「いいですよ。でもあなた、去年もそんなこと、言ってたじゃないの」
「ええ言いました。でも、あの時は、踏ん切りが付かなくって・・・」
「じゃあ、いよいよ、踏ん切りが付いたと?」
「ええ、まあ、やってみようかなって・・・」
「まだ迷ってるの?」
「やる気はあるんです。ただね、ぼくに出来るかどうか、
それが分からないんです」


道でぱったりT氏に会い、捕まってしまった。
彼は、親から相続したところの、古い大きな家に、一人で住んでいる。
つまり独身だ。
若い頃から、悠揚迫らぬ人だったが、会社を定年退職してからは、
その歩きが、さらにゆっくりになった。


そこへ行くと私は、もともと短気な性格だから、走り出したいくらいに、
早足で歩く。
挨拶だって、相手が「こん」と言うか言わないうちに、
「ちわー」と言い終わっている。
同じ方角なら、私はさっさとT氏を追い抜き、「やぁ」と一声かけて、
置き去りにしてしまうのだが、あいにくと道の向こうから来たので、
それで、避けられなかった。


「今までに、碁をやったことは?」
「ありません」
「ルールとかは?」
「それが、全然なんです」
「・・・・・」
「本でも読んでからの方が、いいでしょうかね」
「そりゃまあ、それに越したことは、ないわけで」
「やっぱりね。そうですよね」
「でも、一度例会に来てみますか?、見学に・・・」
「いや。少し勉強してからと言うことに」


結局、一年前と同じことになった。
保留である。


私は、店のガラス戸に張り紙をしている。
「囲碁教えます」
これを見て、いろいろな人が声をかけて来る。
T氏もその一人だ。
心が動いたらしい。
但し、碁をやる心ではなく、私に話しかけたい心だ。


 * * *


「少々お尋ねしたいのですが・・・」
張り紙を指差しながら、見知らぬ人が、店に入って来る。
おじさんが多いけれど、たまにおばさんが居て、さらにたまに、
子供も来る。
その第一声は、言い合わせたように、「お金は?」だ。
例えば、月謝のようなものが、要るのか、要るとすれば、幾らなのか。
これが、最大の関心事のようだ。


「いいえ、要りませんよ、そんなもん」
教室ではありません。
実戦を通じて、切磋琢磨する、つまり、同好会のようなものですと言うと、
皆さんが安心される。(ように見える)


「そこの集会所で、毎月やっています」
定例会の曜日と時間を教え、どうぞおいで下さいと言う。
「じゃあ、都合が付きましたら」
了解したと見え、満足そうに帰って行かれる。(ように見える)


それで終りだ。
これが不思議なのだが、おじさんもおばさんも、そして子供も、
当日になって、現れたためしがない。
あの、熱意ある尋ね方と、納得した顔は、何だったのかと、
私は何時も考えてしまう。


 * * *


近くの、K不動産のガラス戸にも、ビラが張られている。
こちらは、毛筆で太く「短歌」と書かれ、
「始めませんか。お気軽にどうぞ」と小さく添えられている。
店主のOさんは女性であり、ある短歌結社の古参会員である。


「最初はね、恥ずかしかったですよ。商売に関係ないことを貼り出して。
でも、やってみたら、ポツリポツリと、問い合わせが来るんですよ」
「そうでしょうね、ええ、分かります」
「既に四人ほど、入会してくれました」
「えっ・・・」
「皆さんその後、熱心にやってます」
「・・・・・」


金物屋に囲碁、不動産屋に短歌、どちらにしても、場違いなビラだ。
紙の大きさも、同じようにB5、そして普通紙。
囲碁と短歌、この世において、そのメジャーでない程度も、
似たようなものだ。
にもかかわらず、貼り紙の効果において、彼我に歴然たる差が出ている。


「人徳の差でしょ、結局は」
妻が笑う。
彼女はもともと、貼り紙に反対なのである。


「店先に、みっともないわ」
「何処が?」
「遊び人みたいに思われて」
「遊び人で結構」
「私だって、同類に見られるわ」
「ケッコー毛だらけ、ネコ灰だらけ。おケツの周りは、糞だらけ」
「汚―い」
私の店なのだから、どうしようと私の勝手だと、
最後はケツをまくる仕草を見せて、その批判を封じている。


K不動産にあって、私にないもの・・・
品性、思慮の深さ。


私にあって、Kにないもの・・・
愛想、多言。
但し、短気。


この対照表に、問題を解くカギがありそうだ。
私はどうも、人に接するに際して、軽躁に過ぎるようだ。
よく思われようとの、その思いが強過ぎるのかも知れない。
それが逆に、「ひやかし」を誘発している可能性がある。


 * * *


早朝散歩から帰ったら、K不動産の前に、見覚えのある男が突っ立って、
鼻歌を唄っている。
T氏だ。
「あなたは、もーお、わすれたかしらー♪」
鼻歌だから、歌詞は聞こえないけれど、
メロディだけですぐに分かってしまう。
私達の世代で、「神田川」を知らない者は、居ないだろう。


熱心にK不動産の店頭を眺めていたから、私は声もかけないで、
通り過ぎた。
それに、歌を中断させてしまっては、申し訳ない気持もある。


ははぁ・・・
そう遠くない将来に、O女史は、T氏の来訪を受けるに違いない。
「短歌って、むずかしいですかね?・・・」
「いえ、どなただって出来ますよ」
「ぼくも、やってみようかなぁ」
「どうぞどうぞ、見本誌を差し上げますよ」
その時の、二人の顔が、目に浮かぶようだ。


但し、私は、断言する。
T氏が入会することは、まずないだろう。
何なら賭けてもいい。


なに、短歌だって、入会者が続出するわけではあるまい。
Oさん、ひやかしは伏せておいて、首尾よく行った例だけを、
公表しているのではあるまいか。
そう考えたら、私も少し気楽になった。
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