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『息吹』 <旧>読書日記1362 

2023年04月11日 ナビトモブログ記事
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テッド・チャン(大森望訳)『息吹』早川書房(図書館)

本書は寡作で知られた著者の第2短編集であり、実に著者の最初の本『あなたの人生の物語』から17年ぶりに公刊されたものである。ちなみに著者は長編を一度も書いておらず、おそらく本書中の一作ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」が原稿用紙で250枚に及ぶ中編ということで作者の書いた最長の作品であろう。

内容的にはSFをSience Fictionの略であるという一般的な理解よりもSpeculative(思索的な)Fictionの省略と考えた方が良い。つまり、Speculative Fictionとはさまざまな点で現実世界と異なった世界を推測、追求して執筆された小説などの作品を指すのであるが、本書はまさにその典型かもしれない。

さて、本書中には
「商人と錬金術師の門」…新しい理論によるタイムトラベルをアラビアンナイト風に語る。
「息吹」…人格を持つロボットによる自らの探求。エントロピー増大の法則を使う。
「予期される未来」…人は何かを選択する時、本当に自由な意志でそれを行うのか?
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」…人閧フ友としてのAIの成長と、それを巡る社会の在り方を描いた作品。AIが成長するまでに20年をかける話し手とその間の環境変化を追う。
「デイシー式全自動ナニー」…子育てに機械を利用するという19世紀を舞台にしたトンデモ発明の話。
「偽りのない事実、偽りのない気持ち」…口承歴史の世界に紙と文字が導入され、記憶(自分がそうであったと信じたいもの)と記録(純然たる事実)が喰い違う時、果たしてどちらを選ぶべきなのか。
「大いなる沈黙」…人類は実は地球上で別種の知的生命体とファーストコンタクトする機会があった。
「オムファロス」…すべては神が作りたもうた世界で科学の果たす役割は何か、(中世スコラ哲学の目的)を、天動説世界を舞台にした話。
「不安は自由のめまい」…パラレルワールドと交流できる「プリズム」という装置がある世界で自分のした行為、あるいはしなかった行為に対する自責感と救いの話。
という9編が収められている。

スターウォーズのような一般的なSFとは全く異なる小説世界なので、好き嫌いは分かれるかもしれない。また、著者は中国系の両親を持つがアメリカで生まれ、育ったために現代の中国系SFの担い手たちとは異なることに注意せねばならない。
(2020年8月29日読了)



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