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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (三百十九) 

2023年02月10日 外部ブログ記事
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「いかがでございますか、小夜子さま。勝子さま。お気にめされたお洋服はございましたでしょうか?」と、森田が声をかけてきた。「そうねぇ。このお洋服と、さっきのお洋服の二着を頂くわ。それとこのお帽子も。それから、合わせてお靴も欲しいわ。森田さん、見立ててくださる?」「ありがとうございます。それでは勝子さま、こちらの椅子に腰かけてお待ちください。なん足か、お持ちいたしますので。少々お時間をいただきます」 森田が、深ゝとお辞儀をして辞した。「大丈夫? 小夜子さん。あたしなんかの為に、こんなに高価なものを。社長さまに叱られない?」「大丈夫、大丈夫だって。武蔵は、大丈夫」“ちょっと奮発しすぎたかしら? 『すっからかんだ!』なんて武蔵言ってたわね。『全財産を使い切ったぞ!』って。でも大丈夫よね、武蔵だもん。何とかしてくれるわよね。わたしに恥をかかせるようなことはしないわよね”と、さすがの小夜子も考えた。しかしすぐに、己に都合よく話をつく作りあげた。
「ねえ、小夜子さん。もうあたし、十分。おうちに帰りたいわ」「あら、疲れたの? お熱でも出たかしら」と、おでこに手を当ててみる。“うーん。熱があるといえばあるし、ないといえばないし……”。“熱気にあてられてのことかもしれないし……”。判断のつきかねる状態ではあった。「すこしでもおかしいと感じたら、素人判断せずにもどってください」。医師からはいわれている。だけど、と思ってしまった。“店内があたたかいんだし、勝子さんも興奮してるだろうし”。けっきょくは小夜子の思いが勝ってしまった。
「疲れてはいないけど、でも……。なんだか、ちょっと。気持ちが疲れたというか、人いきれがすごくて……」 お昼どきになっていた、予定ではこれから昼食だ。しかし散財させてしまった小夜子に、これ以上の負担をかけるにはいかないと、気兼ねしはじめた勝子だ。「気持ちの疲れなんて、吹っとぶわよ。それじゃ、富士商会に行きましょ。みんなにね、勝子さんをお披露目するの。それからね、お食事に行きましょ。もちろん竹田も一緒よ。それから、服部と山田もね。五人で食事しましょう」
「ええっ! 小夜子さん、それは嫌よ。お食事だったら、二人だけにしましょうよ。それに、会社に行くだなんて。あたし、恥ずかしいわ。こまるわ、あたし」 透き通るような白い顔に、ほんのりと赤みがさした。「いいから、いいから」と、勝子を引っぱる小夜子だ。勝子の腕をかかえるようにして、小鼻にしわをよせて、小悪魔のようにふくみわらいを浮かべた。病院での勝子に、医師に対する尊敬のまなざしや畏怖の念を見てとった小夜子に、“勝子さん。あなたには悪いけど、あの医師はだめよ。あなたには分不相応。つりあいがとれないわ”という思いがうずまいた。勝子にいいよられて満更でもなさそうなそぶりをとる医師に対しても、“大病院の医師ともあろうものが……”と、嫌悪感をもった。“もっと上質な女性をえらびなさい”。嫉妬心ではないのだが、勝子にはいまの位置にいてくれなければ困る、といった思いが小夜子のなかにかくれている。
「こまるわ、こまるわ、あたし。お仕事のじゃまになるでしょうに、きっと。社長さまに知られたら、きっと勝利がしかられるわ。いえ、勝利だけでなくて、小夜子さんもしかられるわ。そんなの、あたし、どうしたらいいの。勝利には『ごめんね』ですむけれど、小夜子さんにはどうすればいいの? だめよ、だめ。おうちに帰りましょ、ね?」 竹田に「ふたりが姉さんを『お嫁さんにほしい』って、すごいんだから」とからかわれている――勝子にはそうとしか思えない。やまい持ちの女を嫁にもらおうなどと考える男がいるとは、どうしても思えない。それよりなにより、己の余生が、時間がどれほど残っているのか。短いものだと感じる勝子だった。

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