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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (二百四十七) 

2022年06月16日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 突き抜けるような青空の下、嬌声を上げながら白い飛沫に追いかけられている小夜子の姿があった。「ほら、ほら。また来たぞ! 急げ、急げ。つかまったら、こんやの食事は格下げだ」武蔵の声が、小夜子を急き立てる。砂地の上に海水にまで足を取られては、小夜子ならずとも機敏な動きは容易ではない。「イヤ、イヤ、バカ!」と声を上げながら、必死に足を動かす小夜子だ。しかし容赦なく白い飛沫が迫ってくる。しかし、すんでのところで逃れた小夜子に、また容赦ない声が飛ぶ。
「ほら、今度は引いていくぞ。追いかけろ、追いかけろ!」と、武蔵が囃す。「波の頭を叩いて来い! うまく行ったら、ニューモードだ」武蔵は麦わら帽子を頭にかぶり、ビールを喉に流し込んでいる。突き刺す陽射しの下、はしゃぎ回っている小夜子をまぶしく見ている。武蔵の肌には、灼熱の太陽はきつい。白い肌がみるみる真っ赤になり、水ぶくれ状態になっていた。日焼けに弱い武蔵には、長袖のシャツが欠かせない。左の二の腕に彫られた『小夜子命』の刺青も、他人には見られたくないものだ。
 小夜子のはしゃぎように、武蔵は満足していた。「若い娘のすることじゃない!」と、武蔵と同じく浜に腰を下ろしている老人が咎めるような視線を送っている。。そのことばに、家人もまた頷いている。しかし武蔵は、目を細めて見ている。“男の甲斐性は、浮気じゃない。女房を幸せにすることが、本当の甲斐性だ”と、武蔵は思った。本気で、そう思った。ただ、“その上での浮気は、男の本懐だ。そのために男は働くんだから”とも、考えた。
 浜に戻った小夜子は、深眠している武蔵の傍らに座った。四泊五日の旅程を組むために、この二日ほど徹夜が続いた武蔵だ。宿に着いてすぐの海は辛いとこぼした武蔵だ。しかし小夜子は許さない。「なによ、なによ。そんな爺くさいこと、言わないの!ほら、海よ。海がそこにあるのよ!いいわ、あたし一人で行く。武蔵は、寝てなさい。」本音だった。疲れ果てていることは、武蔵の顔から生気が失われていることから、良く分かる。小夜子もまた、疲れを感じてはいる。長時間の列車旅は、小夜子にもきつかった。初めての寝台列車は、小夜子に浅い眠りしか与えてはくれなかった。“宿に着いたら、ひと眠りしなくちゃ”しかしそんな思いも、キラキラと光る青い海を見ては、居ても立ってもいられなくなった小夜子だ。
 ひざ小僧を抱いて、はるかな海に目をやる。銀の食器が、大きなテーブルに並べられている。それらの食器の上には、漁船だろうか数隻が穏やかにある。「はああ……」 哀しいはずがない小夜子の目から、突然に涙がとび出した。ひと筋、またひと筋と流れていく。“なに、なに、どうして、涙なんか出るの? 悲しいはずなんかないのに。こんなに幸せなのに、どうして涙が……”どうしても止まらない。溢れつづける涙、涙。武蔵が眠りこけていることが、小夜子には救いだった。

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