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敏洋’s 昭和の恋物語り
ボク、みつけたよ! (五十五)
2022年04月10日
テーマ:テーマ無し
ああ、もうひとりいました。ちえちゃんです。店の売り子さんで、熊本だったっけから来ている15、6歳のむすめさんです。住み込みでいるんですが、父も母も実の娘のように大事にしています。ちえちゃんなんか、はしるのがおそいようです。どんどん離れていきます。まああんな風にドタバタとはしっていては、だめでしょう。
父の弟さんだったっけ、呉服屋さんなんですがね。あんまり仲が良くはないんですが、なにごとかとそとに飛びだしてこられました。そりゃそうでしょ。血だらけの幼児をかかえて、兄嫁がはしっていくんですから。「どうした! なにがあった!」 怒鳴る声がきこえますが、もちろん母はなにも言わずに離れます。となりのおじさんが立ち止まって、事の経緯を説明しているみたいです。ちえちゃんがやっとおじさんに追いついて、「もうだめ、おじさん行って」と頼んでいます。
ちょっと待ってください、わたしも頭がクラクラしてきました。母が泣き叫んでいます、でももう少しです。連絡がいっていたのでしょうね、看護婦さんたちがストレッチャーを出して玄関前で待っていてくれます。バトンタッチです、母から看護婦さんにわたしが渡されました。と同時に、わたしの記憶がとだえました。
ずっとずっと、母を責めつづけてきました。中学二年の冬に家を出て、そのままかえらなかった母です。いや、あの海水浴場で入院をして、とうとう夏休みが終わっても戻らなかった母です。そしてそのあと、母との思い出がまったくなくなってしまったということ。思い出されるのは、父とのことばかり。
行商的な商売も、結局はうまくいかないようでした。いわばその日暮らしのような状態で、収入も安定しなかったようです。いまと違って、やはりキチンとした店を持たなければ、信用というものが得られなかったのだと思います。 しかし天は見捨てるようなことはなさいませんでした。昔の商売がらみで、幸いなことに父の仕事も愛知県一宮市に見つかったと喜んでいました。新設する予定の営業所の所長としてらつ腕をふるってほしいという話がまいこんだのだとか。ただ準備がまにあわず、翌年の4月からだということがネックになってしまったのです。
結局のところ小学6年生の夏休みに九州を離れて、母の妹さんがいるということで岐阜へ来ました。とりあえずの仮住まいということで、木賃宿のようなところにおちついたのです。なぜあわてて九州を離れなければならないのか、そのことはわたしにはわかりません。岐阜と愛知はとなりあう県ですし、父の通勤にすこし時間がかかるだけのことと、決断したようです。しかしどういう事情なのか、一宮市の営業所新設の話が立ち消えとなり、父のもくろみは外れてしまいました。
まさかとは思いますが、詐欺話だったかも? という懸念が生まれたようです。他人さまを疑うということのない父でした。そもそも生家を失うきっかけとなったのも、借金の保証人なったからだとという話を、わたしが成人になってから兄に聞かされました。「今太閤だ」「伊万里の佐倉惣五郎だ」と持ち上げられて、面倒な事案に奔走していたという父です。そんな己を貶めるような人物がいようとは、まったくの想像外だったらしいのです。ですので、「運がなかった」「先祖伝来の仏壇を処分した罰だ」とぼやいていたとのことです。
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