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ウイーンの女(ひと) 

2019年08月10日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

ドーム屋根の上に、十字架が見える。
さぞ由緒ある教会であろう、古色の中に風韻が漂っている。
バロック建築の、壮大な建物は、宮殿と思われる。
大聖堂があり、その尖塔が、天まで届けとばかりにそびえている。
それらが皆、市街の風景の中に、さりげなく納まっている。
緑の森が広がる。
さらに辿れば、悠久の流れを見せるドナウの河畔へと行き着く。

美しい町だ。
旅人が惚れ込むのも無理はない。
住んだことのある者なら、なおさらであろう。
私はテレビ画面の中に、この町で青春時代を過ごした、
一人の女性の姿を重ね合わせている。
才ある人である。
そして努力の人でもある。
彼女は、その若き日に、ピアノを学ぶため、
この町ウイーンに留学した。
やがて、国立音楽大学を、教授全員一致の優等賞を受賞し、
卒業している。

私のような、がさつな男とは、住む世界からして違う。
しかし人生は、どこでどう縁がつながるか、
わかったものでない。
インターネットの発達のせいだ。
私は、テレビに映るウイーンの町を見ながら、そこに、
SNSで知り合った、一人の女性を立たしめている。
想像の中の彼女は、日本人離れした、その豊かな白髪と、
聡明さの匂う、その顔のせいもあるだろう、見事なまでに、
ウイーンの町の光景の、一部になりきっている。

 * * *

渥美清も若かった。
と来れば、もうお分かりであろう、私がテレビで見ているのは、
寅さんの映画である。
それも、ウイーンが舞台とは、意表を突かれる。
これがハワイならまだわかる。
香港辺りでも許せる。
寅さんが、その親和性を武器に、現地に溶け込むその様を、
想像出来なくはない。
ウイーンとなると、さすがに無理だろう。
文化の違いは、氷と炭ほどに大きく、とても相容れない感がある。

しかし、無知ほど強いものはない。
言葉の違いも何のその、寅さんが、持ち前の図々しさでもって、
古き良き中欧の都を闊歩する。
私は実は、この映画を前にも見ている。
映画館ではなく、テレビでだ。
それもそのはず、寅さんの映画は、製作後数十年を経た今でも、
人気が高い。
折に触れ、再放送がなされている。
こんな映画は、他にない。

私は、寅さんの映画を、落語に擬えている。
ストーリーも結末もわかっている。
にも拘らず、何度見ても面白い。
軽妙なくすぐりを、随所に配しつつ、人間の普遍的真実を、
そこに描いているからだろう。

土曜日の夜、私は早めに夕食を済ませ、
私の居室である囲碁サロンに下り、
サッカーの中継を見る予定でいた。
この日はしかも、ラグビーの国際試合もある。
BS放送のチャンネルを、随時切り替えながら、
両試合を見るつもりであった。

居間のテレビは、妻がチャンネル権を握っている。
そのテレビが、ウイーンの町で迷子となった、
寅さんの姿を映していた。
妻は、寅さんの映画というと、これを欠かさず見ている。
私も釣られ、つい見てしまった。

筋書きはわかっている。
現地で、ツアーコンダクターをやっている、若い女性と、
その知り合いである、熟年の女性が、重要な役割を演じる。
彼女らの中にある、日本への郷愁。
それを湧き立たせずにおかないのが、寅さんという「原日本人」だ。
彼には虚飾というものがない。
打算のかけらもない。
言っていることが、的を得ている。
何時の間にか、彼女らが、寅さんの掌の上で、踊らされている。

「あら、今夜は、ごゆっくりですね」
妻が言った。
夕飯が終れば、さっさと居室へ逃げ出す、何時もの私を皮肉っている。
「はーい、行きます。もう行きます」
その言葉を汐に、私は腰を上げた。
このまま居座っていたら、さらに何を言われるか、
わかったものではない。

 * * *

私は居室に下り、サッカーを見る予定であった。
しかし、寅さんのその後が、気になって仕方ない。
いや、ストーリーはわかっている。
竹下景子演じるツアーコンダクターが、一度は帰国を決意し、
寅さんと共に、空港まで赴きながら、
追って来た現地青年の求愛を受け、飛行機に乗るのを止める。
分かっているくせに、私は結局、最後まで映画を見てしまった。

いい町だなあ……
映画を見終り、改めて思っている。
この町に惚れたら、もう抜け出せないだろうな……
私は、テレビ画面に立たしめた、一人の女性を念頭に、
ウイーンの町を考えている。

「西洋志向の強い人間です」
彼女は自身を語っていた。
しかし彼女とて、所詮は日本人ではないか。
ウイーンに在留したと言っても、その後、
日本で暮らす期間の方が、はるかに長い。
そこまで、彼の地への思いが強いか……
私には、信じられないところがあった。

寅さんの映画を見て、少し変わった。
無理もないな、あの町に暮したら……
彼女のウイーンへの思慕を、今は少しわかるようになった。

彼女の西洋志向、これはもう、骨の髄にまで達しているようだ。
それを言えば、私の方は、そこに「やむを得ず」
という側面はあるにしても、日本志向だ。
旅と言えば国内、食べると言えば和食、飲むと言えば清酒だ。
西洋料理も嫌いではないが、外食するとなると、
先ずは寿司か蕎麦の店を探す。

縁は異なものだ。
そんな国粋主義者が、西洋志向の強い女性と、袖触れ合ってしまった。
時に会食したりもする。
ウイーンも良いけれど、日本にだって、
味わい深いところはざらにある。
知らしめてやらねばならない。

手始めに我が町だ。
戦後の闇市を思わせる、雑駁な飲み屋街が、駅近くに広がっている。
私は、自分が寅さんになった気でいる。
彼の良いところ、それは「我が道を行く」だ。
私は、今度彼女が来たら、有無を言わせず、
闇市へお連れしようと思っている。
「さあ、お食べなさい」
ホルモン焼を皿に盛り、焼酎を勧めたら、彼女がどんな顔をするか、
それを見てみたいと思っている。



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ああなるほど……

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
札幌というのは、日本の都市の中でも、特異な性格を有するようですね。
近代日本の夜明けを、もろに体現したような町ですから。
そこに育った者の気質や性向を、形成する上で、一つの典型となる町かもしれません。
(人を開明的にする……という意味で)

我が町へ、何時でもふらりとお立ち寄りください。
多佳ちゃん行きつけの、焼鳥屋へご案内します。
スバル氏も呼んで……

2019/08/22 09:54:16

人間観察の師匠ですから・・。

シシーマニアさん

西洋志向が強いのは、私の世代には多いのではと思います。
戦後のアメリカナイズされた教育の影響もあるし、特に私の故郷である札幌が、クラーク博士の「ボーイズ・ビー・アンビシャス」のお土地柄ですから・・。


いずれにしろ、飲み旅は楽しそうですね。

2019/08/22 08:47:43

さぞ楽しい飲み旅になることでしょう

パトラッシュさん

彩々さん、
いいご提案です。
ウイーン国立歌劇場と言うところへ、一度行ってみたいと思っておりました。

急いでパスポートを取らねば……

私、成田まではリーダーを務めます。
その先は……
皆さんの影を踏まぬように、心して、随行致します。

2019/08/10 13:12:40

そこに立つだけで

彩々さん

芸術家の気分になれる。
私も‘もう一度、行ってみたい国は?’と
聞かれるとウィーンなんです。

寅さんを(←パトさんの事)リーダーに
、言葉はタンポポヘアーの彼女に任せ、
ウィーンの街を散策する旅(呑み旅!?)

企画出来ないかしら?
考えるだけでも楽しい〜。

2019/08/10 11:20:58

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