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パトラッシュが駆ける!

背広を買う 

2019年03月16日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

今は「背広」ではなく「メンズスーツ」と言うらしい。
洋服店の売り場案内に、そう書いてあった。
スーツは二階にある。
替え上着は「ジャケット」であり、一階の入口近くにある。

私は、洋服の量販店、二店を巡り、スーツとジャケットが、
どちらも、同じように配置されていることに、気付いた。
その理由を、私は次のよう分析している。
ジャケットは、気楽な日常衣料であり、これを衝動買いする者も居よう。
だから、店頭の、最も目に付きやすいところに置く。
一方、スーツは、フォーマルつまり、公式的であり、
客は、これを買う際は、気構えて店を訪れる。
購入の意思を、既にして固めているから、
二階への階段を上るくらい、何ほどのこともない。
ということではなかろうか。

「洋服のA」と「紳士服のA」の両店が、通りを挟んで、
斜め向かいにある。
私は、スーツを買おうと決意を固め、
繁華街へやって来たものの、まだ何処で買うかは決めていない。
必要があり、買わねばならない。
その決意の割に、私にはまったく緊張感がない。
さながら、週刊誌を買うくらいの気安さで、店を眺めている。
どちらのAにするか……
それは、週刊文春にするか、週刊新潮にするかの違いくらいでしかない。

昔はこうでなかった。
財布に数枚の万札を入れ「おれは背広を買うんだ」という、
重大な決意のもとに、デパートへ行った。
今は違う。
スーツが安く買えるようになった。
ユニクロに代表される、新興アパレル業の伸長は、
庶民の衣生活に、大きな変化をもたらしている。

庶民の……である。
富裕層には、関係ない。
彼らは、ユニクロを軽視し、さらには、蔑視する向きまである。
スーツは誂えるものであり、間違っても
「A」などの、店の敷居を跨いだりはしない。
庶民とお金持ちの線引きは、簡単だ。
スーツを量販店で買うか、洋服専門店で、誂えるか……である。
この私が、庶民の側に居ることは、言うまでもない。

 * * *

私は冬用のスーツを、一着しか持っていない。
長く自営業者であったから、着る機会が滅多になかった。
一着あれば、十分に事足りていた。
冠婚葬祭には、別に、黒の礼服があり、
むしろ、そちらの出番の方が多かった。

昨年、近くの小学校の、卒業式に招かれた。
クラブ活動のコーチとして、生徒らに囲碁将棋を教えている、
その関係である。
壇上に上がるわけではなく、スピーチも求められてはいない。
礼服ではなく、背広でいいだろう。
ということになった。

久しぶりに、スーツを着てみて、驚いた。
妙にダブついている。
袖が長い。
ズボンの裾は、床まで達している。
長年、吊るしておいたので、繊維が伸びたか……
そうではない。
私が縮んだのだと、じきに気付いた。

それが、卒業式当日の朝である。
今から買いに行っても、間に合わない。
私は、肩を怒らし、背伸びをしつつ、その合わない背広に、
この身体を合わせ、卒業式に臨んだ。

買ってから、十年は経っている。
もしかすると二十年になるかもしれない。
パソコンを買い替える時に、先輩が言ったことを思い出した。
「十年前のパソコンを、よく使っていましたね」
コンピュータの技術革新は、日進月歩であり、この世界では、
十年は一昔どころではなく、十昔ほどになるらしい。

そこへ行くと、衣類なんか……
と甘く見ていた私が迂闊であった。
着用者の体型が変るなんてことに、ついぞ思いが至らなかった。

今年もまた、卒業の季節が近付いている。
昨年の二の舞は、できない。
世の中には、人の風体を、よく観察している者が居る。
特に女性だ。
他人の身だしなみには、殊の外関心が高いらしい。
何かの瑕疵を見つけるや、それをまた、よく覚えている。
噂話の中に、それを交える。
油断ならない。
ということを、かつて妻から聞いたことがある。
ということは、彼女もまた、人の噂をやったということだろう。

この際、止むを得まい。
背広を買い替えることにした。
もちろん、吊るし、つまり既製服である。
これから、何回着るか……
両の手の指の数に達するかどうかだ。
おそらくは、これが最後の背広となるだろう。

ということを、前回の背広購入の際にも思った。
結局、当てが外れ、買い替えることになった。
これは、喜ぶべきことであろうか。
人間の幸せは、生涯に購入した、衣服の数で決まる。
とすると、私は、大変不幸な人生を送ったことになる。
私は、背広一つ買うのに、人生を考えさせられている。

 * * *

スーツを買う際に、妻に同行してもらう男性が、少なくないと聞く。
私もそのようにした。
ただでさえ、私には審美眼がない。
衣類の場合は、特にだ。
着られればいい、丈夫で長持ちすればいいと、
それだけを思っている。

ただ一つ、私にも、避けたい色がある。
サラリーマンがよく着る、紺色、ダークグレーのスーツには、
そこに「無難」の二字しか感じない。
あれこそ、没個性の最たるものではないか。

私が、明るいグレーを選んだら、
妻が「あら、いいわね」と言った。
珍しいことだ。
私達は、滅多に価値観の一致しない、すれ違い夫婦である。

最初に「洋服のA」を見て、次に「紳士服のA」に行き、
そこで購入を決めた。
その間、試着も含めて、三十分。
パソコン選びより、よほど簡単だ。
スーツ一着買うのに、覚悟など、要らないのである。

「ねえ、卒業式に招かれなかったら、どうするの?」
妻が言う。
「この私を、呼ばない? それは地震で、
学校が潰れた時だけだ」
私は、強弁しつつ、一抹の不安が湧かないでもない。
学校だって、所詮は人の子の集まり、事務員の、
何かの手違いということも、あり得ないではない。

しかし、その時はその時だ。
私は、その背広を、何が何でも、着用するつもりだ。
ネクタイを締め、正装でクラブ活動の場へ行ってやる。
買ったはいいが、一度も着ないで死んだ……
という事態だけは、何としても、避けなければならない。



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愛別離苦

パトラッシュさん

みさきさん、
ネクタイが未解決でした。
実は、古ぼけたそれを、数本しか持っていないのです。
この際、新調しようかしら……
ネクタイって、結構高いんです。
(スーツの安さに比べ)

子供を教えることの、喜びと寂しさを、嫌でも味合される季節です。
別れが待っているのですね。
今年も、数人の生徒を送り出さねばなりません。
顔で笑って、心で泣いて……です。

2019/03/17 05:58:47

一句呈上

パトラッシュさん

タンポポ@さん、

スーツ着た男にゴミを持たせない  タンポポ

これ秀句です。
主婦の心意気ここにあり……です。

体形の合わなくなった背広、困りますね。
購入した時の思い(値段も)が籠っていて、容易に捨てられないのでしょうね、きっと。

断捨離は 亭主の留守を 見計らい

というわけには、行かないでしょうかね(笑)

2019/03/17 05:47:41

生涯慣れませんでした

パトラッシュさん

漫歩さん、
十八年も、背広不着用ですか……
変われば変わるものですね。
私とは、好対照です。
私は、生涯に購入した背広が、十着行ったかどうかの人間です。(多分、行かなかった)
未だに着こなせません。
背広に着られているようです。(笑)

2019/03/17 05:38:06

これが着納め?

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
さすがに、サラリーマン生活の長かった方ですね。
そして、社長さんに就任したくらいだから、安物の背広と言う訳には、行かなかったでしょうね。
ピンストライプのスーツ姿、拝見したかったです。

体形は変化しますね。
私は自分がどの記号に合うのかもわからず、店員さんに採寸してもらい、やっと決められた次第です。
(それも、もう、忘れてしまいましたけれど)
今度こそ、最後の背広になりそうです。

2019/03/17 05:32:12

仰げば尊し―♪

みさきさん

今年も卒業式の季節、巣立ちを見送る時ですね。
明るいグレーのスーツ、素敵なセンスだと思います。
教え子さん達も、顧問の先生にいらしていただいて、きっと喜ばれることでしょう。
ぁ、ネクタイは何色になさるのかしら…と、想像中。
教え子さん達は、中学生になっても、囲碁・将棋部があるでしょうか。
卒業は、おめでたくもあり、お名残惜しい時でもありますね。

2019/03/16 13:00:03

スーツ

タンポポ@さん

こんにちは。

スーツ着た男にゴミを持たせない  タンポポ

こんな昔の句を思い出しました。
公務員の夫は現役時代は、ずっとスーツでした。
突然の病気で倒れた時、23日の入院で8キロ痩せて
手持ちのスーツはブカブカになりました。

洋服タンスの中には、身に合わないスーツがたくさんあります。貧乏性な夫は捨てると言うことを、知りません。困ったものです。

2019/03/16 12:30:14

スーツ無用の数十年

漫歩さん

私はサラリーマンをやっていましたから、リタイヤの時点で、まだ草臥れて居ないスーツが何着かありました。

ところが、
自由になった気楽さで腹囲が6センチ増え、老化で背丈が1センチ縮みましたので、すべて無用の代物になりました。

でも幸いながらその後の18年間、スーツを着るときは現れず、常にジャケットで通しました。
この先もスーツは無用でしょう。

その後の体に合わせた黒の礼服が唯一のフォーマル衣装としてスタンバイしています。

2019/03/16 10:44:05

作業着

吾喰楽さん

私は、背広が作業着でした。
いわゆる、独身貴族でしたので、オーダーメイドから始まりました。
もっとも、それは新入社員の時だけで、直ぐに吊るしに替わりました。
質よりも、数を優先させました。
若い頃は、ネイビーブルーやグリーン系を好んでいました。
歳と共に、没個性化しました。
晩年は、ピンストライプが多かったです。

サイズは、随分と変わりましたよ。
Y6から始まり、YA6とA6を経て、AB6が打ち止めです。
今でも、AB6で、ぴったりです。
背広は、6年以上も買っていません。
3着の略礼服を含め、10着ほど持っていますから、この先、買うことは無いでしょう。

今では、冠婚葬祭を除き、大概はジーンズで済ませています。

2019/03/16 10:18:00

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