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独りディナー
自分の演奏を聴きながら
2018年11月20日
テーマ:音楽
「マダム達のピアノデュオ」のお誘いの時期が、今年もやってきた。
毎年秋になったら、そのつもりで曲は大体決めておくのだけれど、今年も又連弾曲では無くて、ピアノ協奏曲を連弾用に編曲する事にした。
一曲はショパンのピアノ協奏曲第二番から、第二楽章。
もう一曲は、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調から、第二楽章。
ピアニスティックな曲なので、両曲ともに、今回は二楽章を選択。
ピアノのソロが、美しく華やかに担当するので、オーケストラの伴奏パートは、大半が低音で支えているだけの場所が多いのだ。
私は通常、マダム達との連弾の場合、下のパートを受け持つ事にしている。
美しい旋律は、大抵高音に出てくるから、マダム達はその方が楽しいだろう、と言うのがコンセプトである。
ラヴェルの二楽章の場合、最初ピアノのソロだけで、1ページが続く。
上のパートが主旋律を弾くので、最初はマダムがソロを弾くことにしていたのだが・・。
「場合によっては、此処は私が弾きましょうか?」と、言ってみた。
教師が、「自分で受け持つ」と言えば、まかり通るのを承知で、言ったのだ、ちょっとパワハラ、かも?
でも、その場所は、たった一人で延々と弾くので、とても怖い場所なのだ。
そして私は、どうしても、そのソロパートが弾きたくて・・。
本来は、全て自分で弾きたいくらいに、この曲が好きなのだ。
私は嬉しくて、それ以来、ピアノに向かえばその部分ばかり弾いている。
何故か、今の自分の気分に、よく似合う。
美しく、物憂げで、淡々とした旋律が、刻々と変化していく和音の推移と共に、静かに語りかけてくるのだ。
弾いているときは、自分で弾きながら、そのつぶやきに耳を傾ける。
自分の気持ちが、手指を通して表現されていくのだが、耳に届くのは、聴き手としての音楽なのだ。
技術的な領域は、只通過するだけである。
技術的に難易度の高い曲は、弾くことに意識を向けなければならない、という意味で難しさがあるけれど、それはあくまでも二義的な問題である。
弾きながら、如何に客観的に聴く事が出来るか。
練習の目的地は、その辺りかも知れない。
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