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パトラッシュが駆ける!

名人のサイン 

2018年11月10日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

張栩九段が、勝った。
若い井山裕太六冠王を破った。
六冠とは、六つのタイトルであり、つまり井山は、
グランドチャンピオンだった、ことになる。

と言っても、何のことかと、首をかしげる向きが、
多いに違いない。
無理もない。
囲碁の世界の話である。
新聞には載るけれど、もちろん一面ではなく、
中ほどのページに、小さくあり、興味のない者は、
きっと読み飛ばすであろう。

囲碁の名人戦は、野球の日本シリーズと同じく、
七回戦であり、張さんは緒戦から、
苦戦を強いられ、一勝三敗と追い込まれた。
先だっての、広島カープと同じだ。
カープは押し切られたが、張さんは、そこから頑張った、

瀬戸際からの三連勝で、四勝三敗である。
この結果を、囲碁ファンの、誰が予想したであろうか。
実を言えば、私だって、張さんを応援しつつ、
途中で、こりゃもう駄目だと思っていた。
井山は若いし、今、油が乗りきっている。

張栩九段は、さながら奇跡のように、名人位に帰り咲いた。
雌伏十年と言うことになる。
奥さんの喜びは、いかばかりであろうか。
私は実は、張さんとは面識がない。
しかし、奥さんの泉美(いずみ)さんとは、
まんざら知らない仲ではなく、道で会えば、挨拶をし、
ちょっとした立ち話になる。

彼女もまた、プロ棋士である。
十数年前には、女流のトップに君臨していた。
五段だが、男性のトッププロに伍し、各棋戦において、
活躍していたこともある。
ゴルフで言えば、かの宮里藍選手が、
男子の大会に出場するようなものだ。
囲碁にも男女差はあるけれど、よくしたもので、
そこにはスポーツほどの、力の差がない。

彼女の祖父は、昭和の大棋士、木谷実さん。
父は、これも、数々のタイトルを取った、小林光一さん。
母は、女流の先駆者でもある、木谷禮子さん。
囲碁をやる者で、誰一人知らない者の居ない、
斯界の名流の一人である。
囲碁界のサラブレッドと言ってもいい。

そのサラブレッドと、この私が、決して親密ではないが、
そこそこの交流がある。
何でお前が?……
囲碁を知る人は、皆さん、怪訝な顔をする。
私だって、よくわからない。
運命のいたずらで、こうなってしまった。

 * * *

「張さん、勝ちましたね」
T子さんが、サロンに入って来るなり、言った。
嬉しそうだ。
彼女はかねがね、張ファンであることを、広言している。
実を言えば、張さん、長身で、いい男なのである。

「わたし、応援してたんですよー」
「そりゃ、地元のファンは、誰だって、応援するよ」
「この前、道でばったり会ったんですよ。あのご夫婦と」
「そりゃ、会うでしょうよ。同じ町の住人なんだから」
「わたし、サインをもらいたかったの。
でも、あいにくと、紙もペンも持ってなくて……」

そんなもの、欲しいかねえ……と言いかけて、口をつぐんだ。
それは彼女の価値観であり、私がとやかく言うことではない。
例えば、石川遼君のサインを、ゴルフをやる者が、
羽生結弦選手のそれを、フィギュアスケートのファンが、
それぞれ、欲しがるようなものだろう。

「もらえば、いいじゃない。家を訪ねて行って」
「いいかしら……」
「いいとも。プロたる者、ファンを大事にするもんだ」
「なんて言えばいいの?」
「インターフォンを押してね。近所の者です。
この度は、おめでとうございます。おそれいりますが、
サインを頂けないかしらって、そう言えばいい」
「言えるかしら……」
「そこはそれ、おばさんパワーでしょ。
ためしにちょっと、甘い声を出して御覧なさい」
「出せないんですよぉ、わたしぃ、そんなもん」

彼女どうやら、その気になったようだ。
どうせサインをもらうなら、手帳なんかではなく、色紙がいい。
百円均一の店で、売っているだろうと教えた。
彼女、近いうちに、張栩邸に乗り込むのではあるまいか。

 * * *

人生、何処でどう、歯車が狂うかわからない。
泉美さんが、その幼いお嬢さんを連れ、
近くの児童館に来たのが、ことの始まりであった。
私は当時、頼まれて、その集会室で、子供達に、
囲碁将棋を教えていた。

「手ほどきをしてほしい」
と泉美さんが言ったので、私は「えっ」と驚いた。
これ、話が逆ではないか。
アマチュアが、プロの子に教える。
そんなことが、あるのかと思った。

しかし、よくよく考えれば、そこには、彼女なりの、
計算があったようだ。
自分の子は、教えにくい。
それは、私がかつて、経験したことでもある。
プロの子とはいえ、まだ何も知らない。
ここは、幼児教育の専門家に、任せた方が、
得策と思ったのではあるまいか。

私が、近くで囲碁サロンをやっていると聞くや、
それから、時折、現れるようになった。
母子で来ることもあった。
一人の時もあった。
「初心者へ、こちらを、紹介していいですか?」
とおっしゃった。
「いいですよ」
私は彼女の、下請け業者になることを引き受けた。

プロとは本来、勝負に生きる人間であり、
レッスンを業とするわけにはいかない。
泉美さんが教えるとは、それは、大坂なおみ選手が、
テニスを始めたばかりの者に、
ラケットの振り方を指導するようなものだ。

私の囲碁サロンは、それから次第に、小学生の生徒で、
賑わうようになった。
実を言えば、私は、大人の親睦の場としての、
囲碁サロンを目指していた。
仲間が、一人また二人と集まり、一杯やりながら、碁を打つ。
談論が風発する。
そう言う、気の置けないサロンにしようと思っていた。

路線が変り、それとは、ちょっと違う形になった。
お子様向けの、サロンになってしまった。
しかし、これも悪くはない。
将来ある子供に、自分の持っているものを、洗いざらい教える。
それは、やりがいのあることだと、思うようになった。

 * * *

T子さんは、その後現れない。
一つ、彼女に言い忘れたことがある。
百円の色紙では、粗略であろう。
ここは一番、鳩居堂辺りで、千円くらいの色紙を、
奮発した方がいい。

サインを入手したかどうかは、未だにわからない。
もし、首尾よく行ったなら、
その色紙を見せてもらいたいと思っている。
いや、私自身が、欲しいわけではない。
これでも、意地がある。

私は、たかがサインくらいで、相手がプロとは言え、
頭を下げるつもりはない。
私は、対等の付き合いを、したいと思っている。
でも、張さん夫妻の方から、是非にと持参したら、
その時は別だ。
「名人 張栩」と書かれたそれを、
サロンに飾ってやっても、いいかなと思っている。



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どなたでも出来ます

パトラッシュさん

貴裕さん、
囲碁将棋は、そんなに難しいものではありません。
初心者は初心者なりに、上級者は上級者なりに、
それぞれ楽しむことが出来ます。
私のところへは、小学生を始め、八十を過ぎて、
初めて囲碁をやろうとする人も、来ております。
中には、認知症の人まで。

貴裕さんなら、きっと大丈夫。
いかですか、やってみませんか。

2018/11/11 12:14:25

一般の人は。

さん

おはようございます。

囲碁将棋の世界なんて自分のような凡人にはそれこそ猫に小判の話題ですが、楽しく読ませて頂きちょっと勉強にもなって、ありがとうございます。

2018/11/11 08:24:32

おや……

パトラッシュさん

みさきさんのご主人は、囲碁をなさるんで……
知りませんでした。
今度一局……と言っても、おいそれとは、打てませんけどね。

この世は、摩訶不思議。
この私が、プロの棋士と懇意になるなんて……
まさかの坂も、あるんですね。
たまたま、子供を扱いなれていたから、でしょう。
歩いて7分ほど、家が近いことも、あったのでしょう。

そうですね、結果が全てですね。
子供たちの成長、それが何よりの勲章になると思います。

2018/11/11 06:02:28

お名前

みさきさん

夫が囲碁好き。お陰で、私は、碁は全く打てないけど棋士方のお名前が、何となく頭にあり、年配の棋士の方など、知りもしないくせに懐かしい気さえしてしまいます。
なので、「へぇ〜っ」って、楽しく拝読いたしました。
プロの方からお子様を託されるなんて、よくよく、お子様方の指導がお上手なのですね。
紙に書かれたサインも素晴らしいですが、教え子さん方こそ、生きたサインかと思われます。
<(_ _)>

2018/11/11 02:40:08

特殊な世界です

パトラッシュさん

漫歩さん、
知らない方には、猫に小判でしょうね。
囲碁名人のサインなど。
例えば、初段の免状をもらうには、三万円かかります。
高段の免状は、もっとかかります。
それでも、欲しい人は居るようです。
(私は求めませんが)

ただでもらえるなら、貰ってもいい。
これが私の基本スタンスです。

2018/11/10 13:35:00

囲碁の将棋も、若いうちなら覚えるのは簡単です

パトラッシュさん

山すみれさん、
囲碁も将棋も、この国に、古くから伝わる遊戯です。
現代では、面白い遊びが、たくさんありますが、
昔は、遊びが少なく、囲碁将棋が庶民の遊びとして、最も盛んでした。
私も将棋を小学生の頃に、囲碁を社会人になってから、自然と覚えてしまいました。
そのおかげで、今日の、楽しい日々があります。
しかし、その反面、ダンス、ゴルフ、音楽などを、やりそびれました。
人間、すべてに通じるのは、無理のようです。

2018/11/10 13:29:36

パトさんの意地

漫歩さん

囲碁の世界もプロ棋士の動静(天才少年はマスコミが逐一教えて呉れましたが)知らぬ私ですが、さすが楽しく読ませて戴きました。

文末はパトさんの面目躍如!

2018/11/10 10:24:30

出会い

山すみれさん

そのものですね〜^^♪

其処は 大東京

一味も 二味も備えた方々の集合地


なんとも味の深い 

物語 ですねぇ〜

ところで私は 

囲碁 将棋 無知です。質問ですが

囲碁将棋をどうして同等におぼえられたのかな?

難しそうなのに・・・・・と。

2018/11/10 10:10:11

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