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独りディナー
マラソン仲間の先生
2018年06月25日
テーマ:思い出すままに
来月、昨年亡くなった叔母のお墓参りに行くことにした。最後まで見てくれていた、亡き従弟の奥さんと一緒に。
お墓は茨城県にあるので、何処かに一泊して美味しい物でも食べてこよう、とたちまち色気づく。茨城より、千葉の方が、海鮮物が美味しそうな気もする。
次々と、ネットで探してみたけれど、出てくる写真が何処も、主人と遊びに行った時を思い出す様な景色で、結局いつも泊まる都内のシティホテルを予約した。
主人はアウトドア派ではあったが、余り人と一緒に遊ぶタイプではなかったなあ。
唯一、マラソンだけはお相手がいて、一年に一度だけの大学のマラソン大会に出場して、お互いのタイムを競う、というのを楽しみにしていた。
その方は、主人が院生だった時の若い助教授で、学生時代はよく夕方になると、教室の仲間と一緒にジョギングをしていたらしい。
マラソン大会は、若い現役の学生さん達の中に混じって走るおじさん達だから、全体の順位は眼中に無くて、只お互いに相手のタイムを超えることのみに、集中していた。
走った後の、ビールを楽しむのも、共通の趣味であった。
先生は、一週間くらい前から禁酒していらしたらしいが、主人は普通通りの状態で走ると嘯いて、前日にも飲んでいた。
主人が手術した年の秋、その先生が亡くなられた。
やはり、長い間の闘病生活は伏せていらしたらしく、突然の訃報であった。
主人にとって、唯一親しく付き合って下さった方である。
仕事で色々ご一緒して、海外のお客様を我が家にご招待するときなど、必ず先生にもお声をかけたし、学会などの旅先でも楽しい時間を共有したらしい。
晩年、ことさらお会いする機会を作っている様子が無かったのは、もしかしたらそれぞれ、病を得ていたからなのかもしれない。
家族葬の後、暫くして忍ぶ会が開かれたそうだ。
奥様が立派なご挨拶をされていた、と主人が言っていたけれど、私は奥様の心境を想像した。
親しい方々が沢山集まってらっしゃるのに、ご主人である先生だけが、ご不在なのだ。
主人が、亡くなったのは、その5年後位である。
その間、寂しそうだったなぁ。
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彩さん
コメントありがとうございます。
一周忌が過ぎて、主人の事が少しずつ思い出になって行く様で、寂しいですね。
居ないという現実に、少しずつ慣れていくのが、残念ですけれど・・。
急に暑くなりましたが、シニアにはちょっときつい日々ですね
2018/06/27 06:36:11
忘れず、折に付け
思い出すことが、天国に移住してしまった
人に届く、唯一のメッセージだと信じています。
たま〜に、私の夢にも、薄らぼんやりと
亡き夫が出演していると、嬉しい前に
びっくりしたりしたりして(笑)
遠方までのお墓参りは、何か楽しい付録が
あると思うと、それが行動力になりますよね。
この時期は、お墓は暑いのでしっかり日傘を
さして、熱中症に気を付けてください。
2018/06/26 07:03:43