メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

パトラッシュが駆ける!

謎の女 

2018年06月09日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「また来ます」
買わずに帰る際の、客から店への「愛想」である。
応対した店員に対し、無言で去るのも、気まずい。
「要りません」「買いません」では、角々しい。
そこで、相手の立場をおもんばかり、やんわりとエクスキューズを言う。
含みを残し、結論を先延ばしする。
いかにも日本的な、言い回しではある。

「考えておきます」
これもまた、同じ。
直截を避け、婉曲に断る。
対人関係における、緩衝材のようなものだ。

私は長く、金物店を営んでいた。
これらの言葉を聞かない日は、なかった。
買わずに帰る。
これを「ひやかし」と言い、残念だが、商売には付き物であり、
客を恨むことは出来ない。

同じ「また来ます」でも、客により、濃淡がある。
「もう来ません」に聞こえる場合がある。
一方で、文字通りに、再来を、予感させられる場合もある。
言葉の背後に見え隠れする、客の、その真意を探る。
長く、商売を続けていれば、自ずと、その辺が、
わかるようになる。
それはつまり、「人を見る目」が肥えて来る……
ということでもあろう。

私には、半世紀にも及ぶ、接客の歴史がある。
数分間、話をしただけで、おおよその、人となりはわかる。
つもりであった。
しかし、ここへ来て、その自信が揺らいでいる。
過去の経験が、役立たなくなっている。

 * * *

父が、碁好きでした。
その影響で、兄も弟も、囲碁をやりました。
家には、立派な碁盤と碁石があり、家族がしょっちゅう、
碁を打っていました。
そんな中で、私だけが、碁をやりませんでした。
「女だてらに……」というところも、あったと思います。
今にして、後悔をしております。

遅きに失した感が、ありますけれど、最近、
碁をやってみたいと、思うようになりました。
もう歳です。
いいえ、還暦をとっくに、過ぎてるんですよ。
こんな私でも、ものになるものでしょうか?

ああ、そうですか……
八十を過ぎてからねえ……
それで、その方は、碁が打てるように、なられたのでしょうか。
そうですか……
なら、私でも、何とかなるのかしら……

で、どうしたら、よろしいのでしょう?
本を買う?
入門書ですね、わかりました。
一冊買います。

ええ、通います。
何曜日が、よろしいのでしょうか?
はい、専業主婦ですから、時間はあります。
家に居て、主人と顔を突き合わせていても、気づまりです。
外に出ている方が、よろしいのです。

あ、今ですか?
時間は、あります。
でも、よろしいんですか?
お忙しくないんですか?
そうですか、突然で恐縮ですが、それでは、お言葉に甘え、
教えて頂きましょうか……

 * * *

私の囲碁サロンのガラス戸には「初心者歓迎」の、
文字が貼り付けてある。
ベテランなら、何処でも碁が打てる。
行き場のない初心者、肩身の狭い級位者を、
積極的に受け入れてやろう。
ということで、サロンを開いたようなものだ。

そんな私の姿勢が、理解され始めたのかもしれない。
口コミでやって来る、入門者が増えた。
碁を一から教えるのは、正直、手がかかる。
さながら英語を、アルファベットの二十六字から、
教えるようなものだ。
しかし、逆に、やり甲斐もある。
私の力で、碁が打てるようになった。
あるいは、初段を目指すまでになった。
その生徒らの、成長過程を、見ることが出来る。

だから、あの日の夕刻に現れた、A子さんに対しても、
同じように対した。
文字通り、手を取るように、碁の基本を教えた。
「こんなことなら、もっと早くに、碁を覚えるのでした。
父が生きていたら、私と碁が打てて、さぞ喜んだでしょうけれど……」
A子さんは、喜んでいた。

私の経験によれば、その「また来ます」は、ほとんど、
文字通りであると思われた。
そこに愛想は、含まれていないように、思われた。
しかし、結果的には、私の眼鏡違いだったことになる。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎても、彼女は現れなかった。

 * * *

どうやら彼女は「ひやかし」であったようだ。
何のために……
これがわからない。

ただ一つ、気になることがある。
A子さんが、話をしている最中に、時たま目を伏せたことだ。
通常、会話は、相手の目を見て行うものだ。
目を逸らす……
それは、心にやましいものが、あるからとされている。

だから、被疑者を取り調べる刑事は、相手の目を見る。
ここぞと言うところで、身をのり出し、ぐっと覗き込む。
この時、ウソをついていれば、彼は、さっと目を逸らす。
被疑者とは、いや、人間とは、そもそも、
そう言うものであるらしい。

「もしかしたら、同業者じゃないの」
推理を働かせる人が居る。
私の妻である。
彼女は、碁は出来ない。
しかし、人間関係の機微については、妙に、
勘の鋭いところがある。

おしどり夫婦で知られていた、ある友人夫婦の離婚を、
かなり早い段階で、予言していたことがあった。
「あの二人、いずれ、別れるかもよ」
やがて、その通りになった。
人間、何か取り柄があるものだ。
しかし、喜んでばかりは、居られない。
妻の敏感は、亭主にとって、時に厄介となることもある。

「同業って、碁会所のことか?」
「そうじゃなくて、囲碁の先生よ。インストラクターよ」
「まあ、カルチャーセンターとかに、
囲碁教室はたくさんあるけどな……」
「うちのサロンは、初心者が多いでしょ。
その評判を伝え聞いて、どんな風に教えているか、
そのメソッドを、知りたかったんじゃないの」
「………」
確かに、一つの可能性として、なくはない。
しかし、そうならそうで、正々堂々、訳を話し、
教えを乞いに来ればよい。
私は、同業者であろうと、なかろうと、おのれのノウハウを、
出し惜しみするつもりはない。

その後も、彼女は来ない。
道でばったり……なんてこともない。
文字通り、一期一会であった。

実害はない。
と言いたいが、お金に替えられないものがある。
人間不信である。
さながら、振り込め詐欺に引っかかった、被害者のように、
これから私は、入門志望の客を、疑ってかからねばならない。



拍手する


コメントをするにはログインが必要です

パトラッシュさん

貴裕さん、
何時もお読み頂きまして、ありがとうございます。
ご期待に添えるように、今後とも頑張ります。
激怒とか、激賞とかは、私の任でないので、少々わかりにくいかと思います。
それとなく、理解して頂ければ、それでよろしいのですが……

2018/06/11 13:24:39

心の思い。

さん

おはようございます。

面白可笑しい話やら今回みたく本心はどうなんでしょうと推測色々だったり。

サラッとかしこまらずに読める話題が楽しくて飽きません。

2018/06/11 08:31:52

病気なら……

パトラッシュさん

モナミさん、
まだ、希望はあるかも……
ですね。

2018/06/10 19:33:22

謎の女

さん

今日は^^
謎の女さんご自身か、身内の体調急変!
とか.... (++;)

2018/06/10 11:18:30

ひやかしって

パトラッシュさん

Reiさん、
何処の世界にも、あるものですね……
まあ、悪気はないのでしょうけれど……
親身になって説明した側から見ると、なんだか、肩すかしを食ったようで、がっかりです。
だから、私が逆の場合は、「今日は下見です」「買うとは(入会するとは)限りません」ということを、はっきり言うようにしています。

2018/06/10 05:56:02

よくありました(^^;

Reiさん

私もパッチワークの教室をしていたときに「無料体験」にはたくさんの人が集まり、口々に「楽しかった」と言いながら、入会はしない…ということが、よくありました。

その時は楽しくても、継続するとなると考えてしまうのかも…

それとも、奥様のおっしゃるように同業者でしょうか⁇
いずれにしても、謎ですね(^^;

それから(関係ない話ですが)シシーさんのブログへのコメント、ナイスですね!

2018/06/09 21:52:43

道楽ですから

パトラッシュさん

漫歩さん、
レッスン料は、一回五百円です。
しかも、初回は「お試し期間」ということで、ただです。
ですから、彼女からは、一銭も頂いてはおりません。
実害というほどのことは、なかったとしています。
そもそもが、お金目的では、ないものですから。

2018/06/09 13:20:57

卓見です

パトラッシュさん

風華さん、
歳月により、磨かれる……
ここですね、ポイントは。
男の、よく敵うところではありません。

2018/06/09 13:16:08

当たっているかも……

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
私はよほど、風変わりな人間に見えるのかもしれません。
サロンの中を、覗き込んで行く人は、結構おりますから。
一歩進め、私と言う人間を、直接確かめたくなった、その可能性は、十分にあります。
これって、喜ぶべきことなのでしょうか……

2018/06/09 13:11:08

レッスン料

漫歩さん

私は碁会所を知らないので推測ですが、パトさんの囲碁教室のレッスン料は、雀荘のように時間単位制か何かで、原則その都度受け取るのですか。

ー実害は無いー ので、その飛び込みの生徒さんからは勿論受け取っていらっしゃるのですね。

2018/06/09 10:36:55

奥様の勘

風華さん

まずもって、当りでしょうね。
生まれ持って、女性の勘は鋭くできていて、
歳月で、磨かれていきますから。

謎の女 → 不審な女  かしら。。

2018/06/09 10:16:05

言葉がたりませんでした

シシーマニアさん

その女性は、サロンでの師匠を、覗きたかったのではないでしょうか・・。

2018/06/09 09:53:06

少し違いますけれど・・。

シシーマニアさん

私の所でも、一回だけの生徒、というのはありました。

単純に、私のレッスンが気に入らなかったのだろう、と思いましたが、今になってみると・・。

私のプライバシーを覗きたかったのかも、と思ったりもします。

簡単に、他人の家の中に入リこめる訳ですから・・。

まあ、私達の場合は、誰かの紹介である、というのは前提ですけれど・・。

2018/06/09 09:25:24

PR







上部へ