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人生いろは坂

原発の運転停止に向けて 

2011年05月08日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 菅首相が唐突とも受け取れるような静岡県の御前崎にある浜岡原発の停止要請に踏み切った。
一般的には人気回復のためのジェスチャーだとか、さしたる議論もせずに唐突にとか、様々に批判も
あるようだ。

 しかし、私には「英断」とも受け取れるような停止要請だと思う。どう考えても、こんな方法でしか
原発を止めることは出来ないと思うからである。議論すれば議論するほど色んな意見出て結論
など出るとは思えない。

 その間に、またもや大地震でも起きたら、いったい誰が責任を取るのか。それより原発を暴走から
守ることが出来るのか。産業だ経済だと言っている時ではない。一日も早く原発の停止が望まれる。

 あの環境先進国ドイツでさえも原発から自然エネルギーへの全面移行は難しかったと聞いている。
ましてや自民党と産業界とマスコミが共同歩調で勧めてきた原発政策を変えることなど至難の事で
あろう。民主党に政権が代わったからこそ出来たことである。

 そして、今回の東日本大震災、こんな不幸な形でしか結論を出すことが出来なかった。しかし、
いずれ不幸な出来事を幸いだったと思えるような日が来るに違いない。また、日本の貴重な経験が
世界の模範となる日が来るに違いない。

 不幸な出来事を不幸なままに止めてはいけない。越えられないような試練はないと言われている。
この試練とも思えるような不幸な出来事も、いつかは克服出きる日が来るに違いない。

 運命とは流されるものではない。さりとて立ち向かうものでもない。さらりと受け流してこそ
人生の達人と言えよう。私達の身辺に生ずることの全てに意味があると言われている。

 そもそも私達がこの世に「生」を受けたことは単なる偶然なのだろうか。私にはそうは思えない。
何か意味あることと思っている。今は「意識」を強く持って、この困難な時代を生き抜く勇気こそ
必要だと思う。

 結局、原発を安全に止めることが出来るのも機械ではない。人間にしか出来ない事だ。人間が作った
ものは人間にしか対処できないと言うことを強く意識して貰いたい。

 あの戦後の混乱と困難を克服できたのも人間の生きるという強い意識があったからだ。今の時代だけ
でなく、その時代その時代に色んな困難はあった。天災で打ちひしがれた時代も少なくない。

 しかし私達の祖先は生き続けてきた。何も今の時代が特別な時代ではない。乗り越えられないような
困難はないと言うことを、もう一度噛みしめてみたい。人の世は人の手で変えるしかないのである。
克服するしかないのである。肩の力を抜いて、さらりとこの世を変えていきたい。乗り切っていきたい
と思うのである。

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