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2016年07月13日 ナビトモブログ記事
テーマ:アメリカ

アメリカに住んでいた頃、余りの英語力の弱さを痛感して、戻ってきてからも、自分なりに英会話の勉強を続けた。

と言っても、幼稚園児を抱えての田舎暮らしである。

比較的近くに、キリスト教の教会があって、そこが宣教を兼ねた英会話教室を開いていたので、しばらくはその教室に通った。


先生は、ネイティヴの、宣教師かそれに準ずる人達であった。


アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド辺りからの人が、10人位いたと思う。

私は、キリスト教とは、未だに、つかず離れずの距離にいるので、個人的には色々と楽しかった。


クラスメイトも、アメリカで生活した人や、英語塾で教えている人。

ある人は、原文で小説を読むのが趣味で、趣味というのは失礼なくらい本格的らしく、毎回ぶ厚いペーパーブックスにしおりを挟んできて、先生に質問していた。

余談ながら、開業医だった彼女のご主人は、私の札幌時代の中学の先輩で、「日本語」のお付き合いも楽しかった。


まあちょっと、私の実力では、アップアップではあったけれど。


米国から来た、若い男性の教師に、カペルさんと言う名の人がいた。

チャぺル、と語源は一緒だし、苗字からして信仰心が深そうだった。


有るとき、家族のことを話していて、お父さんも本当は牧師になりたかったのだけど、経済的な理由で軍人になった、と言っていた。

淡々と話しているし、かなり深い話だから、私の語学力では理解し得ない分野だろうと、黙って聞いていたのだが、自分の中では、心底驚いてしまったのだ。


神に仕える職業を諦めて、戦争に関わる職業を選ぶ、とは。


夜、主人にその話をすると、

「神に仕えるのも、軍に従事するのも、英語では、同じサービス(service)という言葉だからなあ・・」

と言っていた。



そうなのか。

軍隊に入るのは、国への奉仕という意味なのか・・?



後年、ホストファミリーだったオパルスキーさんの末っ子くん、ジョンが勉強が嫌いで、結局軍隊に入ったと、クリスマスカードに書かれてあった。


そのうち、そのジョンが在日米軍の配属になって、横須賀に住んでいるという。

彼を訪ねて、パパとママとお兄ちゃんのマークが東京に訪ねてきた日。

昼間は私がガイド役を努めて、皇居とか、原宿とか、見て回った。


そのときに、ママ・オパルスキーさんの、ハリーンが言った言葉は忘れられない。


「ジョンは今ね、軍の病院で働いているの。

私は、とっても嬉しいわ。

だって、人を殺す仕事ではなくて、助ける仕事だから・・」



いくら、サービスという言葉でひとくくりにされても、息子を思う母親の気持ちは同じなのだ、とつくづく思った。



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言語は、向き不向きもありますね

シシーマニアさん

Mr.中年元気さん、コメントありがとうございました。

言語は、幼いときに身につけないとしゃべれませんね。
住んでいたからといって、簡単にはとてもとても、と思っていましたが・・。

40数年住んでいらしても、そうですか。
まあ、ご謙遜でしょうけれど。
「ネイティブの様には」と言うことでしょうか・・。

2016/07/13 23:44:41

シシーマニアさんへ

Mr.中年元気さん

私もブラジルに移住して、四十数年になりますが、流暢に話すことは出来ないですね。

長年住んでるからって、ベラベラ喋れると言うことじゃないです。やはり勉強して、基本的な文法から覚えていかないと、駄目ですね。

2016/07/13 21:25:25

やはり、異国ですよね

シシーマニアさん

彩さん、こんにちは。

参院選が終わって、久々に思い出したエピソードです。
これからの日本に、危機感を抱いています。

何か行動をを起こさなければと思いますが・・。

2016/07/13 16:01:17

NO!と言える国に

彩々さん

それぞれの国力の違い、政策もあり、国民感情に

違いがあるのは当たり前ですが、シシーさん家族が

かつて生活してらしたアメリカは、やはり近くて遠い

国なんだと思いますね。

今、日本も変化の時を迎え、このアメリカのような

精神でサービス制度が導入されるやもしれません。

シシーさんの楽しい思い出話を聞かせていただいて

居ましたら、最後にぞーっとしました。

戦争をしない国、日本で有り続けてほしいものです。

2016/07/13 13:46:21

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