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パトラッシュが駆ける!

坂の上の家(前) 

2016年06月18日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「清雅亭」とは、大層な名だが、実はただの民家である。
三浦半島の先端に近い、高台にある。
そこを山と呼ぶか、丘と称するかはともかく、坂を登り、
最後に石段を上がり、やっとその門前に立つ。
そこから久里浜の街が、ほんの一部ながら眺められる。
これがいい。
気分がいい。
いかにも俗界から、離れているという感がある。

三浦半島は、全体に平坦地が少なく、坂と崖で出来ていると言えなくもない。
昔、源義経は、一ノ谷に拠った平家軍に対し、背後の崖から奇襲攻撃をかけた。
この時、先頭を切って、その崖「鵯越え」を駆け下りたのが、佐原十郎義連。
三浦党の一人である彼は、昂然と言い放った。
「こんな崖なんぞは、三浦の者にとっては、馬場です」
馬場即ち、日常を過ごす、ホームグラウンドくらいの意味であろう。
これが、三浦の兵の精強と、半島の地形を、端的に語っている。

清雅亭の名は、前回訪れた際に、私が付けた。
勝手にそう呼んでいるだけ。
もちろん、看板も何もない。

木造家屋であり、築数十年は経っているであろう。
見るからに古い。
しかし、その古さが良い。
建物の内部に、蕪雑がないどころか、よく磨かれ、整えられ、
その古色がむしろ、閑静と雅致をもたらしている。

この家を、料亭に擬えたのには、わけがある。
そこで供される料理が、多彩であり、美味であるからだ。
刺身、天ぷら、煮物、生シラス、黒豆、シューマイなどなど、テーブルを埋め尽くす料理の、どれもが家庭料理の域を超えている。

高齢のご主人が、時間をかけ、手ずから作られる。
女性である。
調理したそれを、配膳される。
客が席に着くや、彼女も共にテーブルを囲み、懇談に加わる。
言ってみれば、女将兼調理人兼ホステスなのである。
その声が若々しい。
小鳥の囀りのように、高く澄んでいて、そこにふと、音楽を感じたりする。

その女将さんから、お招きを頂いた。
同じSNSに所属する、お仲間三人がいらっしゃると言う。
全員女性である。
男は私一人。
これを黒一点と称するらしい。

黒であろうが、グレーであろうが、何、構うことはない。
私も彼女らも、いい歳をしたシニアである。
男女差というもの、つまりは両者を隔てている垣が、歳と共に低くなり、
今や、あるかなきかの如くになっている。
今さら、男も女もない。
これが歳を取ることの、アドバンテージであろう。

その女性方の属性が面白い。
「ピアニスト」「温泉ソムリエ」「占い師」と来たものだ。
いずれ劣らぬ、強烈な個性の持ち主と思われる。
ここは一番、観察の好機ではないか。
私だって、業ではないが、文を書いている。
年中書いていて、自分ではエッセイストの端くれのつもりでいる。

出席を快諾した。
というより、その日を待ちかね、一週間も前から、気が逸っていた。
さながら、三浦の兵のように……と言ったら、笑われるであろうけれど。

 * * *

正午まで、小半時ある。
三人の女性は、まだ到着していない。
この隙だ。
私は、女将に手土産を手渡すや、包丁を出すように言った。
「研いであげる」
これを前から言っていた。

手土産の菓子もまた、かねての約束であった。
「甘さを抑えた餡に、小豆の香りが生きていて、搗きたての餅との相性がいい。
我が街名物の、豆大福です」
こう言って、自慢したことがあった。
そうしたら女将が、私、大福好きなの、是非食べてみたいわと言い出した。
次に来る時は、必ず買ってきてねと言われた。
だから今日は、和菓子店の開くのを待ちかね、大福を入手するや、急ぎ電車に乗った。

ちなみに私は、洋菓子よりも和菓子が好きだ。
中でも、気取りのない、饅頭や大福が好きだ。
これらを、下賤な菓子として、蔑む人もいる。
しかし、うまいものは、うまいのだから、仕方ない。
私は体裁より、実質を重んじる人間だ。
小細工を施した菓子より、下品な大福の方が、よほど好ましいのだから、仕方ない。
だから、同じ嗜好者に会うと、私は、暗夜に同志と邂逅したように、嬉しくなる。

清雅亭の包丁は、どれもさほどに、摩耗していなかった。
誰かが折々、研いでくれていると思われる。
しかしこの際だ。
さらに鋭利にし、錆を落としてやった。
私はこれでも、長いこと、金物店の店主であった。

小出刃のことを「あじ切り」とも言い、鰯や鯵をこしらえる際に用いる。
海の近くに育った者は、魚をさばけないようでは、一人前でない。
ことに女将は、魚料理が得意だ。
さぞ多用されているに違いない。
それは、包丁を一瞥してわかる。

三本の包丁を研ぎ終わった頃、玄関に賑やかな声がした。
女性軍が、到着あそばされたようだ。
私は、この家の亭主のような顔で、彼女らを出迎えに出た。
「さあどうぞ。さーさ、お上がんなさい」
清雅亭のために、一骨折った。
それだけでもう、態度がでかくなっている。

 * * *

「人には会って見よ」
と思っている。
常に思っている。
「添って見よ」ではない。
添うには覚悟が要る。
会うくらい、気楽に考えた方がいい。
しかしながら、相手は誰でもよいというわけではない。
飲食と同じだ。
人間には、好みというものがある。

人を選ぶ。
その時に、私なりの基準がある。
何かを持っている人だ。
何かとは何か。

技術、才能、知識、何でもいい。
何かの拘りでもいい。
それから発展したところの、哲学でもいい。

むしろ「何か」に入らないもの、これを挙げた方が早い。
簡単だ。
財力、地位、学歴、これらをひけらかす人。
これらは、いくら求められてもいやだ。
こちらから逃げ出すことになる。

早い話、飲む、打つ、買う、三拍子揃った人だって、私は好きだ。
特異な人物には、ことに会ってみたい。
本然が、野次馬なのである、私は。

今日はピアニストが来る。
温泉ソムリエが来る。
それぞれ、いける口と聞いている。
占い師さんとは、旧知の仲だ。
彼女ら共にと、真っ昼間から飲む。

女将が趣向を変え、今日は会席膳を取って下さった。
葉山の料亭、日影茶屋である。
創業三百年の老舗と聞いている。
さらに女将手ずからの、天ぷらがある。煮物がある。生シラスがある。
例によって、テーブル上は満艦飾だ。

ポン……いい音がする。
ワインの栓を開けるのは、私の仕事だ。
金物屋は、何かと頼られるのである。
女性には、ことに喜ばれる。
但し、これを持てていると思ってはいけない。

スパークリングワインが、グラスの中で弾けている。
乾杯を待ちきれない。
喉が鳴る。
さあ、清雅亭の酒宴が始まろうとしている。
                        (次号に続く)



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なにをおっしゃる

パトラッシュさん

彩々さん、
貴女には、既にして、いーいお人がいるではございませんか。
私なんぞが、逆立ちしても敵わないようなお方が。
私でお力になれることがありましたら、何時でもおっしゃって下さいな。
道化役なり、相つとめますれば……

私の屋号はですね、
「かなものやー」がよいと思うのですがね。
「とぎやー」でもよろしいですよ。
包丁研ぐのは、得意ですから。
あ、彩々邸の包丁も、今度研いであげますからね……

2016/06/19 15:37:24

よッ!○○屋

彩々さん

屋号をどういたしましょう?

パト屋というのも変だし…ハトヤにしましょう(笑)
後編もますます楽しみです。
今更ですが、師匠たる由縁が解った気がします。

>男女差というもの、つまりは両者を隔てている垣が、歳と共に低くなり、今や、あるかなきかの如くになっている。
今さら、男も女もない。

いえいえ、そんなことはありませんよ。
大きい声では言い触らしませんが、私はパトさんの
隠れファンです。
何時、変しい…変しい 
いえ、もとい、
恋しい、恋しい人に変わるか解りませんよ。

2016/06/19 09:49:02

ゆっくりと

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
お読み頂きまして、ありがとうございます。
昨日は、遅くまで出かけておりまして、Resが遅くなりました。

私のブログは、週に一度の定例発行でありまして、
臨時号はございません。
(遊びに忙しく、書いて居られないのが実情です)
申し訳ありませんが、少々お待ち下さい。

次はいよいよ、人物に焦点を当てたいと思います。
中でも、遠来の客人には、よりライトが当たることになりそうです。
時間をかけることの良さは、対象を整理できることです。
時のふるいにかけることにより、書くことが絞られてくる。そんな利点もあります。

普段は短気な私ですが、こと書くことに関しては、少し悠長なのであります。

2016/06/19 06:46:13

コメントは、長すぎてブログにアップしました

シシーマニアさん

楽しみにしていました。
まだまだ続きそうで、待ち遠しいですね。

でも、師匠の場合、テレビドラマの様に、「では来週をお楽しみに!」ですよね。

一週間、長いなぁ。

私は通常、上巻下巻に分かれている本は、一挙に両方買いますが。

2016/06/18 14:46:51

漢語過多なのです

パトラッシュさん

澪つくしさん、
まめですねえ……
適当に読み流して下さればよろしいのに。
私の悪い癖で、すぐに漢語を用いたくなるのです。
これまで、どれだけ読者から苦情が来たことか……
曰く「知ったかぶり」だとか。
当人は、一所懸命に、適語適所を心がけているのですがね。(ほらまた漢語が出た)(笑)

お別れしてから、温泉の話を、ちっともしなかったことに気づきました。
次の機会には、是非、薀蓄のほどを承りたいと思います。

2016/06/18 13:29:29

千客万来

パトラッシュさん

喜美さん、
その節はお世話になりました。
後片付けが、大変だっと思います。
人が集まるのは、喜美さんの人徳ですね。
そして、居心地がいいから。
山上の家だけあって、吹き抜けて行く、風の快いこと。次話では、この辺を少し書こうかと思っております。

2016/06/18 13:22:11

山・丘・坂・崖 ???

澪つくしさん

真打登場!(落語家じゃナイケドネ!)

あの日、拾い集めたタネからの展開を
首を長くして待っていました〜♪

すらすらとよどみのない文章は・・・
さすがエッセイストさん!
何時もながらに感服しております。


そして何時も、私のお勉強タイムになります。

文学少女では無かった私は、小説等に出てくる
漢字が苦手で、日本語の難しさを痛感します。

普段の生活に不便はないのですが、いい機会なので
辞書ならぬPCの検索をフルに使って勉強です。

今日は「拠った・精強・蕪雑・雅致・逸って・邂逅」、
以上6個でした。

長い時を常識的に生きて来たつもりですが、
凡人ゆえ、まだまだ知らない漢字が多いです。

凡その意味は推測出来たり読めたりしても、
知りたがりが私のサガでして・・・

他意はありません!

後編を楽しみにしておりますm(__)m

2016/06/18 11:43:08

お世話様でした

喜美さん

何故か職業婦人の集まりでした
何も肩書きないの私だけ それで娘も
お偉い方にお会いしたくて来ました
母の付きあっている人は どうせ同じ類のお喋り婆さんと思っていましたから(私から皆さんの肩書知らせました)
何方がお見えになっても私は動じません今更気取っても化けの皮直ぐ出ます
楽しかったです 本物の大福最近見なくなりましたから 毎日頂いています
有難うございました

2016/06/18 10:53:55

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