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敏洋’s 昭和の恋物語り

長編恋愛小説 〜水たまりの中の青空〜(十六)演技が出来ない 

2015年09月19日 外部ブログ記事
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アパートに帰り着いた彼は、その冷え冷えとした部屋にうんざりした。
早速ストーブに火を入れたものの、中々に暖まらない。
母親手作りの褞袍を着込み、部屋が次第に暖まり始めても、心の冷えは収まらなかった。

「牧子さん、どうしてるかな」
声に出した途端、訳もなく涙が溢れてきた。
「逢いたい、逢いたいよお!」
思わず、大きく叫んでしまった。
「よし! 手紙を書こう」
思い立ったが吉日とばかりに、レポート用紙にペンを走らせた。

=牧子さんへ
逢いに行って、いいですか?

「うん、これでいい。余計な言葉は、要らない。恋々とした言葉を並べ立てるより、余っ程良い。Simple is best! だ」
一人、悦に入る彼だった。もう、茂作の夢など忘れてしまったかの如くに、嬉々とした思いで封をした。

一日目。
退屈なだけの大学での講義が、黒板に書かれた数式が、まるで人生航路の指針を指し示すような羅針盤の図に見えた。
二日目。
学食での吉田との語らいが、毎日のように食するカレーライスの辛さが、幾冊の小説よりもいかに人生を歩くべきかを指し示すような羅針盤に思えた。
三日目。
家庭教師先での指導が、教科書に踊る年表が、これから進むべき幾十年を照らす羅針盤と感じた。

四日目。
朝の儀式――バス停に居並ぶ大人たちの我慢強さ――に、疎ましさを感じた。
五日目。
昼の儀式――食券を手にして居並ぶ学生たちの怠惰さ――に、疎ましさを感じた。
六日目。
夕の儀式――本を開いて文字を目で追う己の欺瞞――に、侮蔑の気持ちが湧いた。

七日目。
節約のためにと自炊を始めたものの、今夜は、鍋を手に取ることができない。

一日千秋の思いで待ち続けた手紙は、中々届かなかった。
未だ一週間だというのに、彼にはひと月にも感じられた。
平生は、週に一回覗けば良い方の彼が、毎日の日課としてポストを覗きこんだ。
そして、大きく嘆息してしまう。

“どうしたんだろう、一体。届くまでに、二日。返事を書くのに、一日。
翌日出したとしても、五日後には届くはずなのに。
ひょっとして、行方不明になってないのか? ひょっとして届いてないんじゃないか。
…まさか、牧子さんまで倒れたんじゃ”
あれこれ考えてしまうが、とにも角にも待つしかない。

「心、此処にあらず、だな」
吉田のそんなからかいの声に、苦笑いを見せるだけの彼だった。
家庭教師先でも、時として頓珍漢な受け答えをしてしまう。
“あゝ、もう。手紙なんてまどろっこしい事をせずに。『来ましたよ〜ん!』で、済む事じゃないか”
今更ながらに、後悔してしまう。
わざわざお伺いを立てるような事柄ではないのに、生来の弱気の虫が出てしまった。
我を通せない――麗子が指摘した、演技が出来ない彼なのだ。

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