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パトラッシュが駆ける!

山上の家(後) 

2014年11月08日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

玄関が、両開きのガラス戸になっている。
昔の民家の、多くがこれであった。
開ける時に、ちょっと渋いのは、戸車が摩耗しているからだ。
金物屋を営んでいた私は、その辺りに、ちょっと詳しい。

減りやすい戸車のお蔭で、私は随分と、稼がせてもらった。
それがアルミサッシに、取って替わられ、儲けの口が少し減った。
廃業した今でも、倉庫に売れ残りがある。
こうと知っていれば、持参するのであった。

三和土(たたき)があり、上がり框(がまち)があり、そこには、
木皮で編んだ、衝立が置かれてある。
「時代劇の撮影に、使えそうね」
エリー嬢が言った。
彼女は今、時代小説に没頭している。
読むのではない、書く方である。

「よくいらっしゃいました」
迎えに出た、ご婦人の顔に、品というものがある。
和服を着、丸髷を結っていたら、完全にもう、然るべき身分の奥方であろう。

畳の部屋があり、二方を障子、もう二方を、襖に囲まれている。
「紙と木で出来ている」
かつて欧米人は、日本の家を、こう酷評したが、
彼らは、優雅と言うことを知らない。
紙は、光を和らげ、そして、人の心をも穏やかにする。
そのことを分からず、ただ機能面からのみ見ている。
それは、私を含めた、現代日本人にも言えることだ。

障子とガラス戸との間に、板敷の廊下がある。
「冬は寒いですよー」
奥方が、笑いながら言う。
木が乾燥し、継ぎ目に隙が出来るのだそうだ。
そこから寒さが忍びこむ。

昔の日本家屋は、皆こうであった。
その代りに、夏は涼しい。
この家は、特にそうだ。
ガラス戸に囲まれている。
それらを全て開け放てば、風がいくらでも入って来よう。
何しろ、山の上だ。
相模湾から東京湾へと、半島を横切る風が、
それこそ歓声を上げる如くに、家の中を抜けるはずだ。

先ほどから、いい匂いが流れて来る。
胡麻油だ。
奥方殿、揚げ物をされていたと思われる。

 * * *

他家を訪れる。
私は、子供の頃から、これが好きであった。
同級生の母親が、気を使い、もてなしてくれる。
我が家では、食べられない、洒落たケーキなんぞを、
出してくれる。
本棚の書籍や、家具を見回し、楽器などにも、触れさせてもらう。
貧乏な我が家とは、別の世界がそこにあった。

私は好奇心が、人一倍旺盛なのであろう。
他人の生活を「垣間見る」くらいでは物足らず、
「立ち入って」見たくなる。
それが、いい歳になった、今も続いている。

昔と違い、今は多くの人が、ネット上の付き合いを持っていよう。
その相手を「ネットモ」と称するのだそうだ。
そのネットモ同士が会う。
初対面ではあるが、これまでのやり取りの中から、
その人間像については、おおよその察しがついている。
それが実物と、合致するどうかだ。
それを確かめる。
つまりは、己の眼力が問われる。
そこが楽しいとも言える。

私自身はと言えば、初対面の“ネットモ”に、驚かれることが多い。
イメージと違うと言われる。
もっと厳しい人と思っていたと、遠慮がちに、言われる。
はっきりと言う人も居る。

心当たりが、ないわけではない。
私は、喋るのは下手だが、書くことなら、少しだけ自信がある。
物事を理詰めに述べる。
そういう癖がある。
これがいかにも、生意気に見える。
筆の勢いに任せ、屁理屈を、押し通してしまうこともある。
「ツアー?、あんなもんは、旅じゃない。ただの旅行だ。娯楽に過ぎない」
なんてことを言うから、そりゃ、反感も買うわけだ。

 * * *

「お茶をどうぞ、こちらへどうぞ」
広い洋間があり、これをリビングルームとしているのだろう。
大きなテーブルがあるのは、大家族であった頃の、名残りであろう。
そのテーブルの上が、大変なことになっている。

大皿小皿によって、所せましと埋め尽くされ、そこには、
天ぷら、刺身、煮物などが載り、さながら、過積載のトラックの、
荷台の様相を呈している。
大鉢に山盛りなのは、シラスであろう、雪のように白い。
小鉢に光っているのは、黒豆であろう。
セイロには、シューマイが湯気を立てている。
揚げたての天ぷらが、いい匂いを立てている。

「ビールにしましょう」
私は言った。
そりゃ、マナーとして、先ずお茶と言うのは、承知している。
しかし、このテーブルを目の前にして、お茶を飲むというのは、
飲兵衛には耐えがたい苦痛だ。

どれから箸を付けていいか、わからない。
鯵を、酢ではなく、塩麹で締めたのがある。
さっぱりしていて、美味い。
奥方の料理の腕たるや、並みの主婦の域を、はるかに越えている。
それは、些細な食材において、特に顕著に表れる。

「このコンニャクの、美味いこと」
語句氏が絶賛する。
コンニャクは、本来脇役だ。
他の食材、例えばシイタケや昆布の味が、浸み込んで、やっと一人前になる。
その浸み込ませ方が、よほど巧みなのであろう。

これも、脇役であるべき、キュウリが美味い。
輪切りにされたそれが、不思議に豊かに味付けされていて、
いくら食べても飽きない。
特筆すべきは、黒豆だろう。
甘過ぎず、淡白に過ぎず、ふくよかな香りを保ちつつ、
その柔らかさが口に快い。

持参した清酒の栓を開けた。
天ぷらの海老が大きいから、大口を開け、頬張るということになる。
イカも美味い。
刺身がまた、格別に生きが良い。
それもそのはず、奥方の弟さんが、魚介を扱う商売を営んでいる。
今日はお客が来ると言えば、張り切って、サービスしてくれるのであろう。

このテーブルを前にして、酒の進まないわけがない。
ビールに始まり、清酒の一升瓶を空け、またビールに戻っている。
奥方は、酒をやらない。
私達四人が、感嘆の声を発しつつ、飲み食う様を、
笑みを絶やさず、見守っている。
さながら、帰省した息子や娘に、存分に食わせ、喜んでいる母親のようにだ。

何時の間にか、外が暗くなっている。
ガラス戸の向こうに、町の灯りが、ちらほらと見える。
それで思い出した。
ここは、海に近い、山の上であった。

 * * *

誰もが歳を取る。
そこに倦怠や憂鬱が生まれ、それは嘆きとなり、人を暗くする。
不安は時に、人を醜くもする。
しかし、Kさんには、それらがない。
微塵もない。
ひたすらに明るく、前を向いておられる。

Kさんは、パソコンをやり、私達の加わるサイトにおいて、
誰彼となく語りかける。
そうして、多くの人々に愛されている。

私より、ずっと年長なのに、私の出来ないアイパッドを、
苦もなく使いこなす。
スカイプもやる。
鎌倉彫をやり、その作品が、今もテーブル上で、用いられている。
書をよくする。
そして、人を招く。
招いて手料理を振舞う。
八十歳を過ぎ、これらをよく為す人が、他に居るであろうか。

居間に写真が飾られ、そこには、亡くなられたご主人を初め、
ご子息や娘さんなど、一族郎党が写っている。
その誰もが、笑っている。
「これが孫なの、医者をやってるの。こっちはその連れ合い。
私に優しいのよ」
Kさん、嬉しそうだ。
人間は、幾つになろうとも、豊かに生きられる。
その事を、その笑顔が、教えてくれている。

そのKさんにも、辛い過去があったようだ。
若い時の病気、そして婚家の中で、嫁として耐えた日々。
その鬱懐や磊塊を、もしかしたらKさんは、山上のこの家に移り住むことにより、
あたかも半島をよぎる風に託し、塵を払うがごとくに、放下したのではあるまいか。

大所高所と言う言葉がある。
高いところからは、物事がよく見える。
かつての苦労を、ここから見下ろす町の灯りのように、
小さく見たのではあるまいか。

山上の古き良き家。
浮世から、ほんの少し離れたそこが、私には、格別の地に見えて仕方ない。
それこそ、仙郷のようにである。

もしかしたら、あれは夢ではなかったか・・・
その仙郷で過ごした半日を、私は、しばしば思い出す。
目をつぶれば、少女のように、高く華やいだ声が聞こえる。
「下の斜面にね、桜の木が二十本もあって・・・」
それは、そのまま、詩となっている。
温容としか、言い様のない、その顔が笑っている。

「清雅亭夫人」
これだ。
Kさんのあだ名が、やっと決まった。
                     (終)



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人には会ってみよ

パトラッシュさん

プラチナさん、
おはようございます。

この世知辛い世では、滅多にお目にかかれない人でした。

2014/11/10 07:34:21

聡明な方

プラチナさん

文面や"清雅"から、清廉で雅な気品漂う、Kさんのお人柄が浮かぶ様です。

2014/11/10 00:19:36

楽しい一日でした

パトラッシュさん

喜美さん、
先ずは、お孫さんの結婚、おめでとうございます。
息子さんはじめ、良いご家族に恵まれ、幸せですね。
喜美さんのお顔に、一点の曇りもないのは、そのせいだと思います。

実を言えば、怒られるかと思っていました。
我が家の様子を、洗いざらい書いてしまってと。
物書きは、人様を俎上に上げる関係で、実は、歓迎されないのです。
また、何を書かれるかと、恐れを抱かれまして・・・

喜美さんのご寛容に、感謝しております。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

2014/11/09 16:24:25

このままで

パトラッシュさん

彩々さん、
お読み頂きまして、ありがとうございます。
彩々さんを、清雅亭にお連れ出来なかったのが、
悔やまれます。
次の機会には、是非。
その時は、また別のあだ名を、考えましょう。
あだ名は、幾つあっても、いいものです。
人間性が、豊かであることの、証明ですから。

彩々さんは、すでにして、十分に美しいです。
これ以上、美しくなられると、私はまぶしくて、
近寄れなくなります。
この辺で、留まっていて下さい。

2014/11/09 16:12:28

結婚式

喜美さん

昨日は孫の結婚式でした
書けば長くなりますから

帰り息子が横浜からタクシーで
送って泊まってくれました
心配で時々泊りに来ます
其処で話がお友達の多いのは良いけれど やたらに家に呼んで大丈夫と心配しましたから 誰でも呼ぶはずないでしょう そんな話して家について
開いたらこの名文で褒め称えられ
私も驚いたくらいですから直ぐ息子に読ませました 安心するどころか 前文も読み感心して安心もしていました
良かったね この年で若い人と付き合えるのは 友達は大切にね ですって
パトさんのおかげで息子も安心しましたこれほど賛美していただかなくてもいいですけれどこれからもよろしく

2014/11/09 10:36:08

なるほど…

彩々さん

後編が出るのを待ってました!
Kさんにつけられた何とも言えない名。
さすが、あだ名の名人、全て納得させて
いただきましたわ。

50、60を過ぎた私たちが目指すことは、
パトさんのコメントにあるように
>美しく歳を取る・・・
ということは、ああいう人のことだと思いました。

これしかありません!
でも、それが如何に難しいかという事も
事実で、1年、2年…20年とかかって手に入る
モノなのでしょうね。
今からでも遅いと思わず、私メも日々、心の精進に
励もうと思います。

2014/11/09 09:15:26

風がその地を語る

パトラッシュさん

風香さん、
風にも、香りがあるのですね。
ぼんやり吸っていると、わかりませんが、神経を研ぎ澄ませていると、かすかに感じられます。
函館がそうでしょう。
海の香りです。

清雅亭に吹く風は、爽やかでした。

2014/11/08 19:04:07

すがすがしく

さん

清風ふくがごとき、さわやかな読了感でした。

「清雅亭夫人」・・ぴったりのお名前と思います。

2014/11/08 17:53:00

清雅亭夫人

パトラッシュさん

KYOさん、
前後編、お読み頂きまして、ありがとうございます。

美しく歳を取る・・・
ということは、ああいう人のことだと思いました。
そして、当日の仲間も、なかなかの顔ぶれでした。

さらに、テーブルの上です。
家庭料理で、あれだけ質量共に豊かなのを、見たことがありません。

KYOさんが日本におられたら、お誘いしたのですがね・・・

2014/11/08 15:08:43

素敵!

KYOさん

前後とも名篇楽しく拝読いたしました。
拙ブログにもいつも優しいコメントを下さる清雅亭ご夫人のイメージが、さらに鮮明なものとなりました。
そして会にご参加になられた方々のイメージも…。
ありがとうございます。

そ、それにしてもご馳走の描写たまらないです!
うらやましい〜。

2014/11/08 13:12:56

ありのままにー♪♪

パトラッシュさん

reiさん、
私の文は、本来は、滑稽文です。
あははと、笑い飛ばして頂くと、うれしいのですがね。

出演者がよかったのでしょう・・・
ありのまま書くだけでしたから、楽でよかったです。

2014/11/08 10:52:00

また行きたいですね

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
清雅亭におられた時間が、長かった分、さらに薫陶を受けられましたね。

山上の朝も、きっと静かでよかったでしょう。
朝食も、出来たら味わってみたかったです。(くいしんぼ)

2014/11/08 10:42:19

やっと

パトラッシュさん

吾喰楽さん、

Kさんにあだ名を付けようと思いながら、
なかなか決まりませんでした。
最後の最後に、やっと思い付きました。

2014/11/08 10:36:37

涙が・・・

Reiさん

私もゴク兄さんのように、あの日の記憶が蘇り、ソヨ姐さんのように涙がにじんできました。

こんなにも優しく表現できるなんて、やはり師匠ですね。

読んでいると、しみじみと、ああこんなこともあったなぁと思い出します。
部屋の隅々まで優しい目で見ている師匠の人柄がうかがえます。

やはり、文章は人を表すものなのですね。
読んでいて嬉しくなりました。ありがとうございます(*^_^*)

2014/11/08 09:49:42

清雅亭婦人

さん

淡々と、心に染み入るような文章と共に、あの日のKさんの笑顔が、お声が、色んな仕草が目に浮かんで来ました。

あの蒟蒻には鰹節と煮干しをフードプロセッサーで砕いた粉状の出汁がそのまま入っているから、あのお味が出たと、そのストックを、小出しのタッパーに移すお手伝いをしました。
「これなら、骨も何もかも一緒に頂けるでしょう」と・・

今、読んでいて涙ぐんでいます。
そんな感情を揺り起す、不思議に温かい方でした。

私一人、泊めて頂いて、皆さんより沢山お話しできました。
気さくでさっぱりしたご気性、でも、すべて包み込んで下さるような安心感のある方でした。

あの山の上のお宅にあれほどお似合いの方もいらっしゃらないでしょう。

明くる日、この方の娘になりたいなと思いながら門まで歩いていたら「郵便が来ていたら、取って下さる」「はい」と何かしてあげられるのが妙に嬉しかった事を思い出しました。

2014/11/08 08:32:03

清雅亭

吾喰楽さん

おはようございます。

楽しかった清雅亭の一日が蘇って来ました。

旨い料理、大吟醸、仲間と会話の三拍子に加え、清雅亭という風情ある舞台が揃いました。
楽しくないはずはありません。

2014/11/08 08:25:24

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