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パトラッシュが駆ける!
曽野綾子さんの逆説
2013年11月23日
テーマ:テーマ無し
曽野綾子さんは、小説家であると共に、手練れのエッセイストだ。
と言うよりも、評論家であろう。
その書かれるところは、日常茶飯ではなく、花鳥風月を愛でるのでもなく、
世人を戒め、迷いを去らしめようとする、警醒の文なのだから。
図書館に行くと、随筆の書架に、その著書がずらり並んでいる。
その数、瀬戸内寂聴さんと並んで、トップクラスではあるまいか。
お二人に共通するのは、当然ながら、文が上手いことだ。
そしてもちろん、説得力がある。
偶然ながら、お二人とも、敬虔な信仰者であられる。
私は、仏教徒の端くれにも入らない、無定見者なのだが、
それでもお二人の書かれるものには、頷かされることが多い。
だから、読んでいる。
どちらも著作が多いから、読み尽くすという訳には、なかなか行かないけれど。
読み重ねるうちに、気付くことがある。
曽野さんの書かれる、ほとんどが「逆説」だということだ。
世間の多くの人が、真理と思っていることを、それが、いかに不確かな、
思い込みに過ぎないことを、解き明かして見せる。
なるほど、そうであったか・・・
常識と思っていたことを、覆して見せられ、そこに、新鮮な驚きがある。
痛打と言えなくもない。
痛打はしかし、痛快にも通じる。
だから、例え打たれても、不快ではない。
では、曽野さんに対し、全面的に、心服するかとなると、それは別だ。
その説得力のあるが故に、一つの私論に過ぎないものまで、真理のように、
読者に対し、思わせてしまうところもあるからだ。
読み手の側にも、しっかりとした、見識が求められる。
曽野さんのエッセイを読み、その多くに同感しつつも、時に疑問を抱いたりもしている。
* * *
新聞の投書欄に、こんな話が載っていた。
ツアーで一緒になった、老夫婦のことである。
足腰が衰えているのだろう、歩くのが遅い。
時間の観念も、薄らいでいるのだろう、集合時間に、しばしば遅れる。
待たされる方は辛い。
たまりかね、文句を言い出す者が出て、不思議はない。
その旅の当時、投稿者は若かった。
同じように、腹を立てた。
しかし、今は、その時の老婦人くらいの歳になっている。
やることなすこと、動作が緩慢となり、例えば、バスの乗り降りなどで遅れ、
人に迷惑をかけることも多くなった。
当時を思い出し、悔いている。
あの老夫婦に、怨嗟の眼差しを、向けるのではなかったと。
* * *
いい話なのである。
思いやりは、人間の、美しさの一つだ。
投稿者は、遅かりしとは言え、我が身を振り返り、美しさを取り戻したことになる。
美談と言えなくもない。
しかし私は、これに頷くどころか、むしろ疑問を持っている。
例え高齢であろうと、団体行動に加わるからには、協調が求められる。
勝手は許されない。
私は、ことに短気な性格だから、嫌味の一つ二つ、きっと言うだろう。
自信があるからだ。
この私に限り、他の参加者に迷惑をかけることはない。
そもそも、他人の足手まといになりそうなら、はなから、ツアーには加わらない。
加わるべきではないと、固く、そう思っているからだ。
投稿文を読んでいるうちに、曽野さんを思い出した。
「年寄りに親切にするということはほんとうにきれいな光景だが、
それは甘やかすこととは違う。
車イスを少しでも自分で動かせる力のある人には、腕の力が衰えないように
自分の車イスは自分で押してもらうべきである」
(『狸の幸福』より)
また、こうも書いている。
「ことに老年に至って『目立たないこと』は明らかに美徳と言ってよい。
私は毎年、障害者や高齢者を含めた外国旅行をしているが、その中で
性格のいい人と健康な人は、瞬間的には目立たないものだ、ということを発見した」
(『最高に笑える人生』より)
目立たないことこそが、美しい。
何たる逆説であろうか。
目立つのは、身勝手な人、身体に故障のある人だと、そこまで言い切っている。
哀れみと、いささかの憤りを、込めつつである。
* * *
老人たることを振りかざし、同情を受けることを、当然視する人が居る。
私はこれが嫌いだ。
世の多くの人が、長生きを望んでいる。
人間らしさを失わず、家族や社会の庇護のもとに、長寿を全うしたいとおっしゃる。
虫がいいな・・・
私は思ってしまう。
長寿も、健康も、愛情もとは、余りにも、求め過ぎではないだろうか。
もっと生きたいと望みながら、若くして、この世を去った人が居る。
たくさん居る。
その人らのことを思えば、何かが足らないくらいで、ちょうどいい。
バランスが取れている。
欲をかいてはいけない。
そう思っている。
老人に対し、厳しくなっている。
曽野さんの本を、読み過ぎたせいかもしれない。
気の利いた逆説も、放ってみたい。
しかし、その才がない。
私が言うと、生硬に過ぎて、猛反発を食らいそうだ。
それで、黙っている。
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曽野さん
秋桜さん、こんにちは。
曽野さんには、「信仰を持っている者の強さ」を感じます。
それこそ、”舌を巻く”くらいにです。
うらやましくも思います。
しかしながら、その信仰を同じくしたいとは、思いません。
旧約聖書の中に「ヨブ記」というのがあり、それを読んだ時に、私には、この信仰は、持てないと思いました
一方で曽野さんは「ヨブ記」を読んで、その信仰がより確固たるものになったと書いてありました。
同じものを読んでも、受け止め方は、正反対になるのですね。
2013/11/25 15:10:38
逆説的な・・
曽野綾子の痛快なエッセイのファンです。
何事に対しても厳しい目を向け
共感すること多しです。
パトさんの記事にもありましたように
でも、すべてを鵜呑みにできない、と
いうことも感じています。
読み手に多少の懐疑的意識があるほうが
いいですね。
世界の貧困地帯から日本をみて
「甘さ」を痛烈に批判されています。
寂聴さんや曽野さんなどあの時代の
作家の著書はほんとに胸にドスンと響き
読み応えがあります。
2013/11/25 07:27:04
さぞ
喜美さんも、曽野さんをお読みになりましたか。
なるほどと、納得しやすい文ですよね。
お母様、お洒落だったのですね。
喜美さんも、さぞ・・・でしょう。
2013/11/23 19:33:37
年をとるということ
ツアーの老夫婦の話、私もパトさんと同意見です。
若かろうが、年寄りであろうが、団体行動では、
時間厳守は、最低のルールです。
それが守れないのであれば、個人旅行にすべきであり、
ツアーに参加すべきではありません。
2013/11/23 11:25:53
曾野綾子
私は大好きで納得しながら読みました
私の母の事お洒落でしたから綺麗になって私たちと外食しました
其れがこぼしたり胸につかえたりしたので 慌てないで食べたらいいでしょうなんか言っていましたら今の私がそうなのその通り母に悪いことしたと後悔です
団体旅行は行きません 必ず若い人から見たら無様でしょうしそんなの見せたくありません
2013/11/23 10:43:45
おはようございます!
先日、ブログに談志師匠の逸話を書きました。
>老人たることを振りかざし、同情を受けることを、当然視する人が居る。
憎まれ口を弟子に云わせた師匠の気持ちは、まさにこれだったと思います。
差し出された援助が、自分に必要なものなら、有難く受けるつもりです。
でも、それを当然視する人間には、なりたくありません。
2013/11/23 09:08:24