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パトラッシュが駆ける!

甘々先生 

2013年11月10日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「先生、これ、お母さんが」
「何だ?」
「かまぼこです。小田原から、送って来ました」
「ありがとう。頂くよ」

N男は小学五年生、私の囲碁の生徒である。
「お母さんが」と言うところが、いかにもだが、
「ママが」よりは、一歩前進であろう。
そのうち声変わりし、「おふくろが」と言い出すのではあるまいか。
身体はもう、かなり大きくなっている。

N男のお母さんとは、会ったことがない。
しかし、時たま私に対し、気遣いを示し、それを息子が運んで来る。
酒であったり、菓子であったりする。
それは嬉しいのだが、私は少し、気が咎めている。
このところ、少し、甘い先生になっている。

来ると一応、囲碁はやるのだが、彼、一局終了すると、さっさとテレビ前に移る。
リモコンを手にする。
子供向けの、アニメを見始める。
刑事ものも好きのようだ。
水谷豊の「相棒」なんていうドラマを、かじりつくように、見ている。

お母さんの教育方針なのであろう、N男の家には、テレビがない。
それで、飢えているのではあるまいか。
囲碁をやるより、ずっと熱心に、テレビを見ている。

それを止めさせるのは、簡単だ。
「帰りな」と、一言発すれば済むことだ。
しかし、家に帰ったところで、誰も居ないことを知っている。
母一人子一人であって、その母が勤めに出ている。

まあ、大目にみよう・・・
つい、甘くなっている。
しかし、後ろめたさが、ないでもない。
彼は、母親の教育方針に、背いている。
それを、私が手助けしているようなものだ。
刑事ものの中には、男女の愛憎が出て来る。
人が無残に、殺されたりもする。
いいのだろうか、こんなものを見せて・・・と思わないでもない。

しかし、社会から隔離し、無菌状態で育てることなんか、出来ないはずだ。
仕方あるまい。
これが現実なのだからと、目をつぶっている。

 * * *

近くの児童館に頼まれ、私は週に一回、囲碁将棋の指導に当たっている。
N男とは、二年ほど前に、そこで知り合った。

そこの同僚であるKさんは、今やN男に、三目置いている。
かつては、白を持ち、先生であったのだが、その後、
N男の急成長に伴い、追い付き、追い越され、
とうとう立場が逆転してしまった。

しかしKさんは、偉い。
悪びれることなく、黒を持ち、しかも、ハンディをもらってまで、
N男の相手をしている。
私には、とても出来ない。

私は今、N男に二目置かせている。
だから先生で居られる。
問題は、このリードを、何時まで保てるかだ。
何しろ、相手は、伸び盛りである

夏休みに入った頃が、ちょっと危なかった。
三子から二子へと、ハンディが減り、
このまま一気に並びかけられるかと思った。
ところが、どっこい、私もやるものだ。
そこで、持ちこたえたばかりでなく、何連勝かをやってのけている。
当面、危機は脱したようだ。
しかし、油断は出来ない。
敵の脳細胞たるや、日一日と増えている。
一方、こちらは、減るばかりだ。

私には、Kさんのような、度量がない。
追い越された時点で、N男の先生であることを、
辞めようと思っている。
「もう、君には教えることがない。今後は、広い世界に飛び出し、
思う存分やりなさい」
それが本人のためになると思っている。

しかし、全てを断ち切るわけではない。
一言、言ってやらねばなるまい。
「テレビは見に来てもいいよ」と。

 * * *

狙った石を、捕捉出来ない時には、わざと局面を複雑化する。
碁の作戦の一つだ。
関係のない、離れた相手の石に、まとわり付いて、周辺の石を増やす。
そうすると、彼我の力関係に変化が生じ、取れないと思った石が、
網に入ったりする。
「もたれ攻め」と称する、囲碁のテクニックの一つである。

私は劣勢であった。
窮余の策で、少し離れた、N男の石にもたれた。
N男が、これに応じた。
たった一つ、急所に石が来た。
その結果、私はまんまと、狙った石を、取ることが出来た。
逆転である。
「負けました」
N男が小さい声で、投了を告げた。

先刻の、その光景を思い出している。
技の一つとは言え「引っかけ」にも近い。
そんな奇策を弄してまで、生徒をやっつけ、嬉しいのか、お前は・・・
少し、自分を責めている。

いや、そうではない。
気付かなかった方が悪い。
N男が、さらに強くなるためには、対局者の、さまざまな幻惑作戦に、耐えねばならない。
手練手管を、教えてやったまでだ。
感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない。
そうも思っている。

子供を育てるのは、難しい。
他人の子に、ほんの少しだが、関わりを持ってしまった。
ほんのかすかにだが、その人生に、影響を与える可能性がある。
それで考えている。

テレビからは、水谷豊の、よく通る明るい声が、響いている。
「あなたは、その時、何をやってらっしゃいましたか?」
私はパソコンをやりながら、それを聞いている。

警視庁の特命係、杉下右京警部だそうだ。
推理に、並外れた能力を持っているのだろう、犯罪者を、
理詰めで追い詰めて行く。
被疑者に対しても、丁寧語を使っている。

今まで、こんなドラマを、見たことがなかった。
なるほどなあ・・・
妙に感心したりもしている。
何だか分からないが、私もまた、ほんの少し、N男の影響を受けている。



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さびしいですが・・・

パトラッシュさん

N男は、後者です。
強くなりたい一心です。
より強い指導者に付くのが、ベターだと思われます。
私は、身を引き「元先生」になろうと思っております。
近所の、良きおじさんとして、見守って行く。
それくらいかな・・・と思っております。

2013/11/12 13:17:25

引き時

我太郎さん

難しい判断ですよね

私ならと、囲碁意外でも色々考えさせられています

碁会所に通う人の考え方にも関係しますが、強くなりたいとの思いの程度はそれぞれかと思います
サロンとして同好の士との交流に重きを置くのか、ただ強くなりたいのか
指導していたらおおよその見当はつくんでしょうね
後者には越されたら引くでしょう

>「テレビは見に来てもいいよ」と

偉いの一言です
これが出来ないのが普通じゃないでしょうか

2013/11/12 07:55:38

そうです

パトラッシュさん

「一目置く」は、囲碁から出た言葉です。
本当の碁では、八つも九つも置くことがあります。
だから、一目なら、微差とも言えます。

母子家庭であり、かなりの事情がありそうなので、
N男君の扱いには、気を使っております。

2013/11/10 14:14:22

あ、なるほど・・・

さん

一目おく、の言葉は囲碁から来ているのかな?と思いました。

息子二人育てた経験から、N男くん、複雑な思いで読ませていただきました。

2013/11/10 14:02:32

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