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10月13日 石老山へ(1/3) 

2013年10月19日 ナビトモブログ記事
テーマ:自然探訪

 10月13日の日曜日、相模原市内、緑区の相模湖湖畔の石老山(標高702m)に出かけた。前日は孫娘の保育園の運動会があって観に行ったが、真夏さながらの猛暑日で日陰が恋しい一日だった。夜の間に寒冷前線が通過、北風が強かったが朝には収まっていた。
 町田駅に自転車で出て、横浜線、中央線を乗り継いで相模湖駅に着いたのは10時前だった。直ぐに三ケ木(みかげ)行きのバス乗り場に向かう。10時7分発だったが、相模湖プレジャーフォレストに向かう幼児連れの家族などで通路もぎっしり満員状態になった。自分は早めの乗車だったので座席だった。10時台のバスの休日ダイヤは2本だけだから当然かも知れない。
 市街地を下り、相模湖大橋を渡ってから、5,6人の自転車ツーリングのグループの後ろに付くことになった。平坦な湖岸は自転車も早くそのままの追尾。上り坂でスピードがやや落ちたが、2車線道路で対向車もあるので追い越しはせず、スピードダウンした。10時18分、プレジャーフォレストの停留所に到着。大半の乗客が下車し、登山スタイルの5-6人と地元の乗客数人になった。
 10時22分、石老山登山口のバス停に着き下車。登山スタイルの乗客も全員が下りた。バス本数が少ないので7,8人の団体が国道端を歩いていたが、そのグループとも一緒になった。最初は関口という集落の中を通る舗装道路で、歩道付きの道である。10時30分、Y字路に出る。右の道に石老山表参道の標柱がある。1車線の道は分岐を過ぎると、直ぐまたY字路になるが指導表があり、誤る心配は無い。小川に沿った道になり、徐々に傾斜を増す。
 集落が途切れる所に相模湖病院が有る。指導標に従い、短い石段を上がり、相模湖病院玄関前の駐車場の脇を抜ける。若干下りで突然に夏草の中の道となるので、やや不安だったが、指導標があった。歩道入口脇に白いミゾソバ(溝蕎麦)の群落があり、開花していないかマクロレンズで覗いてみたが、開いている花は見られなかった。日陰だったからかも知れない。
 歩道入口から20m程で小さな流れを渡り、石畳の上り坂になる。石老山顕鏡寺表参道の上り口である。上り坂の手前にサラシナショウマ(晒菜升麻)の花があった。残念ながら傾いていたが、一部の花穂が開花していた。サラシナショウマは一部の都県では絶滅危惧種や準絶滅危惧種に指定されており、近縁のオオバショウマ(大葉升麻)に比べると、見る機会が少ない。昨秋、箱根湿性花園で撮影したが、野生のものは初撮影になった。
 10時43分。石畳の森の中の参道を上り始める。鬱蒼とした杉の森の中の道である。石畳は僅かで途切れ、石段や自然岩にステップを刻んだ階段が多くなり、登山路風に変わる。時折、水がチョロチョロ流れている所もある。参道脇には礫岩の大岩が点在し、主なものには名が付いていて、それぞれ解説板が立てられている。先ずは滝不動があった。昔は絞龍の石像に滝の水が落ちていたとの事であるが、今は、滝は枯れ龍の石像も壊れて顔部分だけが残されている。滝の後方の岩屋の奥に仏像があり、流れは無いが岩は濡れていた。続いて大岩の間の切通しの様なところを通る。屏風岩とあった。さらに仁王岩と力試し岩などの名の岩もあり、飽きることの無い道である。最後は急な石段。見上げると奥に鐘撞堂が見える。
 10時55分、顕鏡寺本堂の門前の広場に出る。左からは車道も来ている。門の中が境内では無く、広場も境内の一部で、鐘撞堂や別のお堂も広場の周りにある。上り始めてから、少々便意があったので、門の脇をやや下った駐車場の脇の公衆便所に立ち寄る。和式だが水洗便所だった。駐車場の奥は墓地の様子。石垣の上は本堂の裏で住居になっていた。駐車上の端からの展望はすこぶる良い。バスを降りてから歩いてきた緑区寸沢嵐(すわらし)の関口地区、その先の増原地区の住宅、低い森の先には南高尾山稜と津久井城山の間から相模原市のビル群も見える。快晴の空だった。顕鏡寺の標高は345m、相模湖病院は265mなので80m程登ったことになる。
 11時8分、本堂前の広場を発ち、石段を上がって鳥居を潜る。直ぐに巨岩の屋根で正面がブロック壁になっている岩屋がある。道志岩窟である。道志法師と源海法師が住居にした岩窟で、中には虚空蔵尊が安置されているとのこと。また名のある大岩が現れる。蓮華岩の名だった。 歩きを再開して8分。昨春に開設されたばかりの桜道コースの分岐に着いた。桜道は距離的にには大回りになるが、急坂の回避にもなり展望が楽しめる箇所がある。ただ本道の途中のいくつかの名のある岩や奥の院、八方岩はパスされることになる。
 新しい道、桜道を上ってみることにした。始めは標高390mから400mの間の巻道になっている。少しの間緩く下ると顕鏡寺の墓地の上で視界が開ける。相模原市方面の眺めは寺前の広場からと同じだが、さらに標高が50m上がっているので、直ぐ麓の集落や、道志川の川向こうの三ケ木地区の町並みなどもはっきり見える。視界に邪魔者として入っていた送電線の大鉄塔も風景の一部である。ベンチもあったが、顕鏡寺を出て余り歩いていないのでパスする。歩道脇にはキク科のヤクシソウ(薬師草)の花が多く見られた。森の中とは植物も異なる。尾根を回ると樹間からだがボートが沢山浮かぶ相模湖と相模湖駅のある与瀬地区の町並みが見え、後方は陣馬山、そして奥に生藤山がくっきり見えた。
 桜道分岐から写真を撮りながらゆっくり歩いて7分、巻道が終わり、ジグザグの上り坂になる。急坂はほとんど無い。昨年作られた道だが、古い廃道を復活させたらしい所もあった。最後は傾斜が緩くなり若干下って、11時31分本道に合する。本道下り道の直ぐ先に八方岩が見えたが、立ち寄らず上りにかかった。上り坂行くと間もなく、ほとんど傾斜の無い木漏れ日の幅広い道になる。道端にはシロヤマギギク(白山菊)の花が多い。その先上りが傾斜を増してしばらく、11時40分融合平見晴らし所標高570mに到着した。
 融合平見晴らし所には、いくつものテーブルとベンチがある。この見晴らし所からは、相模湖が見下ろせる。桜道の樹間からより、更に広い景色が見渡せた。生藤山の左の最後方に見えたピークは奥多摩の三頭山らしい。3人のハイカーが休んでいた。自分は写真を撮るだけで、登山道に戻る。
 融合平を過ぎると、徐々に尾根道に変わり、急坂と緩やかな所が交互に繰り返されるが、長く続く急坂は無く、所々にベンチがあるが、休んでいる人は見られなかった。道端にはコウヤボウキ(高野箒)の花が多く見られるようになる。盛りは過ぎ気味だったが、カシワバハグマ(柏葉白熊)の花も見られた。高野箒は横に枝を展開する低木で柏葉白熊は茎が直立する草、全体の姿は全く異なるが、花は同じコウヤボウキ属で似ている。
 12時14分、最後のコブを越え石老山との鞍部に少し下る。ここだけ道の両側がやや急な斜面のヤセ尾根になっているが、どちら側も大きい檜の植林なので怖さはない。人声がかなり聞こえていた。
 高差20mほどの階段を上ると石老山山頂、12時17分の到着だった。山頂は緩やかな尾根で、多くのテーブルやベンチがある。昼時、20名ほどの登山者が食事中だった。残念ながら樹木に包まれ、展望は南西側の一角だけである。道志川自身は見えないが、河岸段丘上の集落が点々と連なり、後方は丹沢山塊。右奥にピラミッド形に見えるのは大室山(1588m)、ずっと高度が下がって犬越路の峠(1060m)、その左は焼山、黍殻山、袖平山(1432m)と連なる尾根、檜洞丸(1551)が一番奥だが手前の山陰で山頂が見えているのかは良く分からない。位置を変えて見ると、丹沢の主峰、蛭ヶ岳(1673m)と丹沢山(1567m)も見えた。
 なぜか石老山山頂(702m)には、三角点がない。頂上から少し下の空きテーブルで昼食にした。風が抜けると汗が冷え、寒い位である。前日の暑さが嘘の様だった。12時42分、山頂を発つ。西に伸びる尾根を緩く下り始めて直ぐの所に、三角点があった。石老山標高694.3mというのは、この三角点の標高で山頂の標高では無い。最高点で無いのは何かしら測量上の都合が有ったのだろうか?
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写真1枚目は石老山中腹の桜道から相模原市方面、2枚目は石老山山頂



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