筆さんぽ

連載エッセイ「祭りの犬」〈4〉 

2024年04月16日 ナビトモブログ記事
テーマ:連載エッセイ

 「入場料は一人5バーツ(タイのお金の単位は「バーツ」。この当時ラーメンが10から20バーツくらいか)、重人ずつ入れて一日50回、祭りは十日間だから、元手なしで、エーと、25000バーツだ」。ブン巡査は回転も速くなった。

 ブン巡査の給料がおよそ、5〜6千バーツだから、大金である。
「おれ、今日から仕事休んでもいいや、『専属』になるよ」とソムタムは小躍りしている。

 「ぼくも何かやろうか」
「お前は、オレが連れてくる犬をしっかり調教してくれよ。日本料理を食べさせて、正しくワンワンと吠えるようにさ」
ブン巡査はもうすっかり「辛いもの食べているから説」にのっかっている。
「あとは、呼び込みをやってくれ、日本語でテキトーに話していれば、犬も本物らしく見えるだろう。そうだ、ホスピタル、お前は色白だからな、メガネをかけて片コトの日本語を使ったりして、呼び込みを手伝ってくれ、タイ人も一緒のほうがいいだろう」
「オレは人前で口上なんで、できないよ」
「ただ呼び込めばいいんだよ。司会はヤキブタに頼もう」

ヤキブタというのは、彼も長屋の住人で、ソムタムと同じように、屋台で串刺しのブタ焼き肉を売っている男だ。なかなかの男前で、イサーン地方にいたころは、町のカフェと呼ばれる食事兼酒飲み処で、歌手として働いていたという。今でも酒が入ると、よく歌う。

「オレは何すればいいんだよ」とこのボロ儲けにあやかりたいソムタム。
「そうだな、ガードマンをやってくれ」
「なにそれ?」
「ほら不正に入場するようなヤツを取り締まるんだよ」
ソムタムは不満気だ。「じゃあ、ブン巡査は何するの?」
「バカ!警察官たるもの、こんなバカげたことに手を貸すわけにはいかないだろう」

いったいにタイの人は祭り好きで、仏様やお寺さん、王室関連の名を冠した祭りが「しょっちゅう」といってよいほども開かれる。
バンコク郊外のこの町で10月に催される「プラ・サムット」と呼ばれるお祭りは、チェディー(仏塔)を祀る、年に一度のビックイベント。祭りが催される十日間、町の生産活動はすべて止まり、夜を徹してドンチャン騒ぎが繰り返される。祭りは町のメインストリートを「歩行者天国」にして、道路の両側には見物小屋や射的、ゲーム、食べ物屋や日用品の屋台がびっしりと並ぶ。

見物小屋では、「逆立ちして笑う猫」や「計算できる電卓犬」、「首が6メートルあるニシキ蛇女」や「全身ウロコにおおわれた人形娘」、「おしゃべりする蛇」など、奇想天外な演し物が目白押しで、これらがけっこう客を呼ぶ。
ブン巡査の「これは驚いた・ワンワンと吠える不思議な日本の犬」のアイデアも、けっして唐突なものではない。
祭りの数日前。

メインストリートの両側は、祭りを仕切る警察官がチョークで屋台などの区割りをしていく。屋台やテントの準備もはじまった。バスターミナルには大型バスがひっきりなしに出入りして、近郊の農村などから若者や家族連れを運びこんでくる。
こうした喧騒が、ひと足早い祭り囃子となって、町は空気までもがざわめいてくる。

ブン巡査の犬捜しは難航していたが、その他の準備は着々と進んでいた。ホスピタルは、病院のコピー機を使って作ったチラシを縁台に並べて、フェルトペンで一枚一枚彩色している。絵心があるのだろう、犬のイラストが描かれた極彩色の目立つ看板まで用意している。

ソムタムは、仲間のソムタムやから借りてきたという赤いテントのほころびを繕っていた。ヤキブタは、歌手時代のステージ衣装だというちょっと寸詰まりの紫のスーツと赤い蝶ネクタイを用意して、口上のため発声練習をしている。あとは犬を待つだけだ。
 
「調教担当」のぼくとしては多少心配もあったが、醤油味の日本料理のエサを用意する以外、これといった調教のアイデアも浮かばなかったので、「元手なしの2万5千バーツ」がきいたのだろうか、ソムタムのしっかりものの無口な奥さんも手伝っている。

 姐さんは、めずらしく家から出てこない。息子のやることが、怖くてみていられないのだ。その息子が、バイクのうしろに大きなダンボールの箱をしばりつけて、ニコニコ笑いながらやってきた。

ソムタムとホスピタルが手伝ってダンボールの箱を開けると、勢いよく飛び出してきたのは、白い犬だった。目は細いというより、柴犬のように、ややつり上がったかわいい。そして、驚いたことに背中に大きな赤い丸が描かれているではないか。「日の丸」のつもりだろう。
ぼくもソムタムもホスピタルも、拍手で歓迎した。
祭の当日
(次回最終回につづく)



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