筆さんぽ

連載エッセイ「祭りの犬」〈3〉 

2024年04月15日 ナビトモブログ記事
テーマ:連載エッセイ

「それで商売しないか」
 拳銃を磨きながら話を聞いていたブン巡査が口をはさんだ。
 この国の警察官は、官給品もあるのだが、それぞれ自分で買った好みの拳銃を持っていて子どもがを自慢するようにみせびらかすこともある。

ブン巡査は姐さんの息子。タイでは結婚後は女房の家に住む習慣もあるので、近所のアパートに住んでいる。ブン巡査は中学校卒業後、姐さんの口ききで工作機械の工場に勤めたが三日でやめてしまったという。初日は遅刻、二日目は無断欠勤、三日目は上司を殴ってやめさせられた。

 「仕事」をやる気は端から無いので、自分から警察官になりたいと言い出し、母、姐さんのツテで地元の警察署にもぐり込ませてもらった。

ブン巡査にとって警察の仕事は水にあったらしく、ともかくも十年以上勤める中堅である。そうはいっても生来の怠け者、あるとき、ご法度の賭場に踏み込んだものの、くだんの酒とタバコで体力不足、逃げる犯人たちを百メートルほどおいかけたが、尽きてダウン、犯人たちは逆立ちしたりしてブン巡査をからかい逃げ去ったという。

「商売って?」
 ぼくは気乗りしないまま聞き返した。
 「来月に、祭りがあるだろう、そのとき、小屋をしつらえて『これは驚いた!ワンワンと吠える不思議な日本の犬』とふれこんで、客から金をとるんだ」

 「面白そうだね、それ」
眼光鋭いソムタムだけれども、それとは裏腹にお人好しでお調子者、新しい話にはすぐにとびつく。

「ほんとうにワンワンって吠えるのか、日本の犬は」
ソムタムがぼくの肩を小突いて言う。
ちょっと待ってくれよソムタム、お前さんは、ほんとうに、国によって犬の吠える声がちがうとでも思っているのか、冗談だろう、と言おうとしたがやめた。

 「ほんとうだよ、少なくともホンホンとは吠えないな」
 楽しそうな「企画」なので、ぼくものってみたくなった。

 「でもさあ、日本からわざわざ犬を連れてくるんじゃあ、飛行機代や何かやで、けっこう金がかかるんじゃあないの」とソムタムが腕を組む。

「ソムタム、お前、頭を使えよ。たとえばさあ、バンコクの日本人商社マンなんかが飼っている犬を借りてくればいいんだよ」とエリートのホスピタル。
ソムタムはすかさずやり返す。

「ホスピタルこそ頭の使い方がおかしいよ。日本人商社マンが飼っていたって、その犬はタイ生まれなんだから、やっぱりホンホンと吠えるだろうよ」
「ソムタムの言うとおりだよ、その犬がタイに住んでいるんじゃあ、やっぱり辛いものをたべているだろうから、ホンホンと吠えるだろうよ」と姐さんがソムタムに手を貸す。

「そうか」
ホスピタルが素直にうなずく。ホスピタルはどこかで酒を飲んできたのだろう、ソムタムと姐さんをからかっているのだ。
ブン巡査がイライラして言う。

「みんな、わかっちゃいないな、これは商売なんだから、そのへんの野良犬つかまえてきて、これがワンワンと吠える日本の犬ですっていえばいいんだよ」

「わかっていないのはお前だよ、タイの犬じゃあ、ホンホンと吠えてしまうじゃあないか、このスーブー(「アホウ」といった意味)息子」と姐さんは怒る。
「そうだよ、タイの犬じゃあダメだよ」
 ソムタムが姐さんを追いかけるように言う。姐さんとソムタムはどういうわけだか、今日は妙に仲良しである。

「犬がだよ、オレはほんとうは日本のいぬではありません、自分から喋るわけがないだろう」
ブン巡査も怒って動転しているのだろう、わけのわからないことを言う。
 「問題は犬が何を食べているからだろう、辛いものを食べているからホンホンと吠えるなら、辛いものを食べさせなければいいだろう」と、ホスピタルが面白がって言う。

 「それはいいね、ブン巡査が犬を連れてきたら、ぼくが日本料理を食べさせて、ワンワンって吠えるように訓練してみるよ」
 ぼくも調子にのって、提案した。

 「そうだよ、日本人が仕込めば、まちがいないよ」とソムタムが言いながら姐さんに同意を求めるが、姐さんは返事をしない。
「目が細くて、色の白い犬を捜してくるよ」とブン巡査。この国では目が細くて色が白いというのがわかりやすい日本人のイメージである。
 「そんなもん、バレるにきまっているよ」。姐さんはスーブー息子と付け加えて、家に引っ込んでしまった。

 「さあ、うるさいのがいなくなった。いいか、オレが犬を捜してくるから、ホスピタルは病院のコピー機を使ってチラシを作ってくれ。ソムタムは小屋になるようなテントを見つけてこい、祭りの時の場所はオレが何とかする」。ブン巡査は、金が絡む話になると、人が変わったように、「仕切り」が早い。
(つづく)



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