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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第三部〜 (四百三) 

2023年12月26日 外部ブログ記事
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 五平のいうとおりに、ここは軽傷だったと答えるべきだろう。時間かせぎだとしても、その間に対策を講じねばならない。だがしかし、小夜子はどうなるのだ。会社のことばかりを優先させてもいいものだろうか。それになにより、この事態をなんと伝えればいいのか、真実を話すのか、軽傷だと安心させるべきなのか。思案に暮れる竹田だった。
「よし、決まった。とうめんは箝口令をしいてしのぐとして、長期にわたった場合には銀行との折衝だな。なんとしてもこの案をのませなくちゃ。竹田、これから言うことは、秘密中のひみつだ。俺とおまえだけの話だ。徳江にも言うな、絶対だぞ。会社の存亡に関わることだからな」 気迫のこもった、ついぞ見たことのない五平の目だった。目の中でギラギラと炎が燃え上がり、体全体に熱いマグマのような血液がめぐり回りまわっている、そんな威圧感を感じさせるものだった。“これが「気骨」というものか、時を生き抜いて、いまを作り上げた者の正体なのか”。
「は、はい。肝に銘じます」。それだけしかなかった。さっきまでのセンチメンタルな思いは、片隅に追いやられてしまった。 「とりあえず、おれが会社の指揮をとる。むろん、社長が短期に復帰されれば、笑い話ですむ。しかし医者の言うとおりに長期となったら、迷走することになるからな。でだ、当面の資金繰りは、きびしい時期ではあるが――まずい時期を選んでくれたものだ。そうか、これが狙いか。長期の入院をさせるための、あのナイフの使い方か」
 ひとり、合点するように頷く五平に「どういうことです? ナイフの使い方がなんです?」「いやな。医師が言うとおりに、まっすぐに刃を刺せば、場所が悪けりゃ重大な結果となるがな。たとえば、臓器に直接に刺さるとかな。しかし普通は、それほどにひどくはならん。けども、刃を回転させるということは。そうだな、果物を例にとれば、まっすぐに切ればきれいな断面だ。けども、真ん中あたりで刃をまわしてみろ。グチャグチャになるだろ。それと同じだよ。修復するにも時間がかかるし、場合によっては死亡の可能性だってある」
 竹田は、五平の目を正視できなかった。そんな恐ろしい方法で人を傷つける、ひとを殺すことができる人間が存在するとは思えなかった。竹田のそんな思いに気づいたのか、五平がやさしい目で語りかけた。「信じられんよな、竹田には。人間がそんなに残虐なものだとは。戦争だ、せんそうだよ。戦争は人をかえる。どんなに善良な人間でも、悪鬼になる。もしなれなかったら、おそらくは還ってこれないだろう。まあなかには、そんな経験をせずにすむお方もいらっしゃるだろうがな」
 誰のことを指しているのか、竹田にはわからない。五平はそうではないらしい。やけにナイフについて詳しすぎる。しかし五平は内地で終戦をむかえたと聞いた。そして社長も。そうだ、社長は、そんな幸運なひとりなのかもしれない。そう考えた。では五平はどうなのだ。さきほどの疑念が消えない。“いやいや、たまたまさ。たまたまナイフについて詳しいだけで、そんなお方じゃない”なんとか黒いよどんだ澱を飲み込まないように吐き捨てた。

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