読書日記

『日本一長く服役した男』 読書日記265 

2023年09月26日 ナビトモブログ記事
テーマ:読書日記


杉本宙矢・木村隆太『日本一長く服役した男』イースト・プレス(図書館) 長文注意

週刊誌の書評で興味を持ち、図書館で借りて読んだ本。

内容紹介は以下の通り。

男は何故、61年も服役しなければならなかったのか。
更生と刑罰をめぐる、密着ドキュメンタリー。

令和元年秋、1人の無期懲役囚が熊本刑務所から仮釈放された。
「日本最長」61年間の服役期間を経て出所したのは、80代のやせ細った男。
出所後も刑務所での振る舞いが体に染みつき、離れないでいた。
男はかつてどんな罪を犯し、その罪にどう向き合ってきたのか?

一地方放送局の記者2人とディレクター1人の取材班は、男に密着取材を行った。
更生の物語を期待し、取材を進めるものの、一向に態度が変わらない男。
それでも彼らは、この謎めいた男がなぜ服役し、どう罪と向き合ったのか
伝えることをあきらめなかった。
取材班が一丸となって、各々の巧みな取材手法を使い分け、番組制作を進めていった。

度々の全国放送が見送られつつも、
いよいよ放送前日となったある日、取材班に衝撃的な連絡が入った。
その時、彼らがとった行動とは――

「更生」とは。「贖罪」とは。そして「報道」とは。
3年にわたる取材の全記録。

【目次】
はじめに
第1章 その男との出会い
第2章 偶然か、必然か 取材班結成秘話
第3章 プリゾニゼーションの現実
第4章 裁判記録、その入手までの長い道のり
第5章 日本一長く服役した男“誕生”の秘密
第6章 彼は「ありがとう」と唱え続けた
第7章 刑務官たちの告白 無期懲役囚と社会復帰の理想
第8章 遺族はいま 母との思い出を辿って
第9章 もう一度、問いかけることができたなら
終章 〈鏡〉としての日本一長く服役した男
おわりに
注・参考文献

この本はもともとNHKのドキュメンタリーとして放送された。そのドキュメンタリーの企画取材をした2人の記者による書籍化されたものであるが、実際の放送は見ていない。

第2章の証明に使われている「プリゾニゼーション」というのは囚人が長期間の服役により、生活態度も思考も刑務所に最適化してしまう現象である。取材対象である服役者(*)は個人情報の漏洩防止とプライバシー保護のためA(本書中では終始、この仮名で呼ばれる)とされる。本書中でAは何度か「仕事はないのか」「仕事をしたい」と訴える。この場合の仕事というのは毎日決められた時間に行う「刑務作業」のことである。つまり受刑中は仕事をすることで(おそらく何も考えずに)時間をつぶすことができるのであろう。また、Aはいちいち自分の行おうとすることに許可を求める。これもプリゾニネーションの1つであろう。

そして、Aは無期懲役という刑罰を受けることになった自分の行為をほぼ覚えていない。著者たちによる懸命な努力の結果、それは明らかになるが、ずさんな強盗が致死になったものである。著者たちの問いに対しては「わからん」と言うのが定番の答えで、うそをついたり言いたくないというより、思考が混乱したり、ストップしたりするタイミングで発せられるようでいつも少し困った様な顔をしてこう言うのだそうだ。

結局は考えない様にしていたのか忘れてしまっているようである。かつ、著者たちはある意味執拗にAに起こしてしまった事件について「反省の言葉」や「後悔の言葉」を求めるのであるが、それにも「わからん」である。今は自由の身であるがそれについても「自由はわからん」である。

日本の刑法は2022年6月に改正が行われ、それまで懲役と禁固に別れていた自由刑(自由を奪う刑)を「拘禁刑」に一本化されたが、この懲役というのはもともと江戸期の熊本藩の制度にならい囚人の社会復帰のための制度だった。そのために仮釈放という制度があるが、仮釈放されるためには一定の年限と「改悛の状」が求められる。ここで改悛の情ではなく状の文字を使うのは囚人の感情では無く、生活の状態が問題とされるから、らしい。

とすると「わからん」をくり返すAには「改悛の状」は認めにくくなる。それが60年を越える服役に繋がったらしい。なお、本文中に出てくるが、Aは仮釈放された受刑者としての服役期間が最長であるが、実は2021年時点で65年0か月と62年8か月と言う二人の仮釈放不許可受刑囚がいるということだ(p174)。

考えてみて欲しい。60年を越えてなお拘禁され続ける者の精神状態を。いや、その期間がたとえ半分の30年であったとしても仮釈放された人間にとってはまさに浦島太郎状態であろう。その間の社会の変化は大きい。例えば、スーパーマーケットに入って自由に品物を選び、カゴに入れ、なにやらカードを使うだけで表面上は現金を使わず持って帰れるのである。人権というものを考えるには難しすぎる実例である。

(*)その背景の1つに、法制度がある。無期懲役の受刑者の場合、仮釈放されても原則として刑の執行は継続するため「元受刑者」という言い方はできない、そうだ。
(2023年9月5日読了)



拍手する


コメントをするにはログインが必要です

PR







掲載されている画像

上部へ