読書日記

『密会』 <旧>読書日記1414 

2023年07月29日 ナビトモブログ記事
テーマ:<旧>読書日記


ウィリアム・トレヴァー、中野美津子訳『密会』新潮クレストブックス(図書館)

近頃、新潮社のクレスト・ブックスと名付けられたシリーズから何冊かを図書館から借りて読んでいる。このシリーズは海外の小説、自伝、エッセイなどジャンルを問わず、もっとも優れた豊かな作品を紹介するという意気込みで1998年に創刊されたもので、今までに読んだ数冊は確かにその通りであった。

著者はアイルランド出身の作家で1928年生まれで2016年没。多くの長・短篇を書いていてその評価は高い(らしい)。私にとっては初めての作家で、しかも本書は2008年に出版されたもの。著者の最後の本でもある『ラストストーリーズ』(2020年8月出版)についての評論を読み、昨年末に図書館で予約したが既に予約者が数人居たために別の本を探して予約。こちらはすぐに借り出すことができた。

内容は短篇集で、以下の12篇が載っている。

「死者とともに」「伝統」「ジャスティーナの神父」「夜の外出」
「グレイリスの遺産」「孤独」「聖像」「ローズは泣いた」「大金の夢」
「路上で」「ダンス教師の音楽」「密会」

いずれも起承転結のはっきりした話では無い。起承は省略して読者に自分で考えて見ろと突き放し、結も無く言わば、「転」だけを抜き出した様な感じ。と言うか、語られている人たちにとっては「転」の一瞬のスケッチだ。

例えば表題作の「密会」は互いに不倫同士のカップルだが彼女が離婚した事で平衡を失う。不倫がばれた訳でも無く、愛が薄れた訳でも無いが男は不安を持ち、「(離婚したことは)気にしないで」という女に男は別れようと言い、女は不満が残るけれどもそれを受け入れる。互いを傷つけることなく離れようとする最後の抱擁は誰もが羨むような洒落た姿だなんて本人たちは気付きもしない。

「死者とともに」はエミリーの夫が亡くなった日に訪れてきたゲッティー姉妹の話。二人は何らかの教会に属しているらしく、残された人を慰めるために訪れることを仕事(?)にしているらしい。そうして、夜の7時半過ぎから夜半を回った3時半ころまで二人は滞在し話をして帰った。
「伝統」はとある学校で起こった事件(学校で飼っていた?鳥が7羽殺されていた)の犯人は「あの女(ガール)」だとオリヴィエは考えていて、それも学校の伝統の一つだと得心する話。ちなみに「あの女」はもう何十年も務めているメイドの一人である。
「ジャスティーナの神父」信者が減りつつある教会で絶えず告解にくるジャスティーナのことを「道理にかなっている」と自分の心の中だけで評している。街の人々は知恵遅れで何をするか判らない若い女性だと思っているのであるが。神父はジャスティーナの縁者に彼女がダブリンに行ってしまわないようにそっと注意する。
「夜の外出」では劇場のバーで待ち合わせる二人の男女の話。紹介所で紹介されて二人は初めて出会うのであるが、男はカメラマンを自称する47歳の男。女は数歳年上でそこそこ金は持っているようだ。男は「車を持ってますか?」と尋ね、女は数年前に売ってしまったと応え、互いの思惑の食い違いに二人とも気づく。それでも残念ディナーを男は提案し、女に奢ってもらう。
「グレイリスの遺産」は街の図書館分館を取り仕切っている。その彼は孤独な未亡人と、文学作品を通じて心を通わせた過去があったが、その女性が死に遺産(家と土地)が残されたという知らせが来て、彼としては財産は要らないが彼女の家にあった小間物を何点か欲しいのだと電話帳で見つけた弁護士に相談する話。
「孤独」はエジプト学者の父と金持ちの娘であった両親とともにあちこちを旅してホテルが家になった年老いた女性の話。旅に出たきっかけは、まだ少女の頃に彼女たちの自宅で起こった事件のため。だが、前半に記されている思い出の中ではその内容の詳細は読者には判らないままだ。
「聖像」は木工の天才と思われた男と彼を支える妻の話。金が無くてもうどうにもならなくなった妻のヌアラは妊娠している。男は妻の提案で昔応援してくれた女性に援助を頼みに行くが落ちぶれた彼女(黒人で)かのじょは「お金が無いの」と告げる。一方でヌアラは近所の住人で子供が出来ない夫婦に思いついた一案を話すが、道徳的では無いと断られてしまう。
「ローズは泣いた」はある年老いた家庭教師の年若い妻がローズが教わりに行くその時間帯に不貞を働くのを知ってしまう。彼女は学校の友達にそのことを話すが家庭教師も不貞を知っていて我慢していることを知り、彼女の大学合格後に御礼を兼ねて家庭教師が食事を終えて帰ろうとする時に泣き出してしまう。
「大金の夢」はフィーナは婚約者であるジョン・マイケルが彼の母が死んだ後、村を出てアメリカに行って成功したら結婚するという約束を信じてマイケルを送り出す。手紙やたまに来る電話でマイケルの様子を知るフィーナは、あまりうまくいってないらしいマイケルが結婚のために帰国することを延ばすことは受け入れるけれど、村人に予告された結婚式の直前に村に落ち着こうと電話で語るマイケルの話に婚約者を追いかけることも待つこともやめ、自分の場所で生きていくことを決め、「戻ってこないで」と告げる。
「路上で」は別れた妻をストーカーする元夫。それを嫌いながらも路上で歩きながら元夫と話を続ける。「ダンス教師の音楽」はお屋敷の召使として雇われてから間もないときにお屋敷にやってきたダンス教師の奏でた音楽が、そのお屋敷で一生を送り晩年を迎えた女性を支えたという話。
(2021年1月15日読了)



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