読書日記

『屈辱の数学史』 読書日記232 (長文注意) 

2023年07月24日 ナビトモブログ記事
テーマ:読書日記


マット・パーカー『屈辱の数学史』山と渓谷社(図書館)

翻訳の題名に「屈辱」という言葉を使っている意味が判らない。副題は”a comedy of maths errors”であって、本来ならtragedy(悲劇)であることを皮肉ってcomedyとしたのは著者が数学者であるとともにコメディアンであることから理解できるけれど、どうしてそれが「屈辱」になるのか。

元々の題名は”Humble Pi : A Comedy of Maths Errors”(eat humble pie「しぶしぶ認める・甘んじる」「甘んじて屈辱を受ける」という意味)の言葉からpieをPi(円周率のπ)であり、この原題から「屈辱」にしたのではという説もあるが、私としては単的に「失敗の数学史」…この本は畑村洋太郎氏の「失敗学」に近く、失敗を糧にしてヒューマンエラーを減らしていこうというような内容である。

どうやら訳者は「屈辱」という言葉に「強制的に」「力づくで」という感覚が伴うことを忘れ、この言葉を「結果を受け入れる」と言うような語感だと感じている様な気がする(*)。

さて、amazonによる内容紹介である。
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わずかな数学のミスで、まさかの事態に……。
スタンダップ数学者が皮肉たっぷりに語る、可笑しくも哀しい出来事の数々!

私たち現代人の生活は数学に依存している。コンピュータのプログラム、金融、工学、すべての基礎は数学だ。
普段、数学は舞台裏で静かに仕事をしていて表に出ることはない。
表に出るのは、まともに仕事をしなくなったときである。

インターネット、ビッグデータ、選挙、道路標識、宝くじ、オリンピック、古代ローマの暦……他。
本書では数学のミスによる喜劇的、ときに悲劇的な事例を多く取り上げている。
謎解きを楽しむように本書を読めば、ミスを防ぎ危険を回避できるようになるだけでなく、数学に親しみを感じるようにもなるだろう。
スタンダップ数学者である著者自身の失敗談やジョークも多く盛り込まれた本書は、「屈辱」をとことん楽しめる一冊だ。
英国「サンデー・タイムズ」紙 数学本初のベスト・セラー作。

■内容
【第0章 はじめに】
【第1章 時間を見失う】
四三億ミリ秒では十分とは言えない/カレンダー/暴挙に出たローマ教皇/時が行き詰まる日/時をかける戦闘機
【第2章 工学的なミス】
物騒な数に架ける橋/共振が鳴り響くとき/揺れるのは飛行機だけじゃない/浮き沈みにもご注意を/曲線美の落とし穴/お足元には気をつけて
【第3章 小さすぎるデータ】
善良なデータが悪と化すとき/Excelが遺伝子操作? /スプレッドシートの限界/エンロン事件
【第4章 幾何学的な問題】
三角測量/月の幾何学/死のドア/Oリングのせいだけじゃない/歯車の噛み合わせ
【第5章 数を数える】
組み合わせを数える/その組み合わせ、十分ですか?
【第6章 人間は確率が苦手】
死のコード/コンピュータが苦手なこと/わずかなズレの危険性/0で割らないで
【第7章 確率のご用心】
重大な統計学的誤り/コインの表裏/宝くじ必勝法/通説の噓/確率についての私的意見
【第8章 お金にまつわるミス】
コンピュータ時代のお金のミスコンピュータの時代にお金のミスはどう変わったか/アルゴリズムが生んだ高額本/物理法則の制約/数学への無理解が生んだ高額報酬
【第9章 丸めの問題】
どこまでも下がるインデックス/遅いのに新記録?/スケールの違う数字/サマータイムの危険性
【第9.49章 あまりにも小さな差】
ボルトが合ってさえいれば
【第10章 単位の問題】
摂氏と華氏/重(・)大問題/値札もお忘れなく/グレーンの問題
【第11章 統計は、お気に召すまま? 】
平均的な制服/平均が同じでも違う/バイアスはどこにでも/相関関係と因果関係
【第12章 ランダムさの問題】
ロボットはランダムを作れるか/擬似乱数/擬似乱数発生のアルゴリズム/「ランダム」を誤解してませんか?/ランダムか否かの見分け方/現実の物体に勝るものなし
【第13章 計算をしないという対策】
「スペース」インベーダー/五〇〇マイル先までしか届かないeメール/コンピュータと交流しよう
【エピローグ】過ちから学ぶこと

■著者について
マット・パーカー Matt Parker
オーストラリア出身の元数学教師。イギリスのゴダルマイニングという歴史ある(古過ぎるのではと思うこともある)街に暮らす。
他の著書に『四次元で作れるもの、できること(Things to Make and Do in the Fourth Dimension)』がある。
数学とスタンダップ・コメディを愛し、両者を同時にこなすことも多い。
テレビやラジオに出演して数学について話す他、ユーチューバーとしても活躍。
オリジナル動画の再生回数は数千万回以上、ライブのコメディー・ショーを行えば、毎回、満員御礼という人気者だ。

■訳者について
夏目 大(なつめ・だい)
大阪府生まれ。翻訳家。大学卒業後、SEとして勤務したのちに翻訳家になる。
主な訳書に『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』、ジャン=ポール・ディディエローラン(共にハーパーコリンズ・ ジャパン)、『エルヴィス・コステロ自伝』エルヴィス・コステロ(亜紀書房)、『タコの心身問題』ピーター・ゴドフリー=スミス(みすず書房)、『「男らしさ」はつらいよ』ロバート・ウェッブ(双葉社)、『南極探検とペンギン』ロイド・スペンサー・デイヴィス(青土社)、『ThinkCIVILITY』クリスティーン・ ポラス(東洋経済新報社)など訳書多数。
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読んで見ると、数学的な誤りというよりは実際的な制約による失敗集と言う感じであった。特にコンピューターが絡む事例が多い。人間は十進法で計算するがコンピューターは二進法であり、この十→二、二→十という変換過程に生じる「まるめ」の問題を認識しているかどうかが大きく絡む様だ。それから単位の問題。判りやすいのはメートル法とヤード・ポンド法や温度の摂氏(℃)と華氏(゚F)の取り違えであるが、大きな数になると桁数の違いを直観的には判らなくなることなどが取り上げられている。

内容的にはおもしろく読めるものもあるが、訳者の日本語力に疑問を感じるような翻訳も目立つ。一例を挙げれば、四捨五入では「切り上げ」と「切り捨て」を行うものだと思うが、訳者はそれを「切り上げ」「切り下げ」と訳している(p.289)。日本では「植木算」と言われるものをイギリスでは「フェンスポスト問題」と言うらしいけれど訳者は小学生の時に植木算を解いたことはないのであろうか。またamazonの読者指摘に寄ればp.234には前後を取り違えて翻訳をしている箇所があり、出版社に問い合わせたところ、重版の時に修正するという返事があったらしい(この本が重版されるかどうかは疑問だ←どうやら売れ行きがよかったらしく重版となった)。

うーん、どうしてこの本の出版が(登山・アウトドア関係が主流の)「山と渓谷社」になったのだろうか?
なお、この本の第0章がネツト上で無料で読める。以下のURLを参照してください。
https://note.com/yamakei90_/n/n151f97f5b2b5

(*)訳者インタビューを読むとこの題名は訳者では無く編集者側がつけた様だ。だが、それは批判の多さに対する言い訳かもしれない。また、同じインタビューによれば著者は文系人間(英文学科卒業)であり、何も知らずにSEになって苦労したとのことである。訳者の経歴に嘘はないけれど、理系人間であろうという誤解を招くものである。
(2023年7月5日読了)



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