読書日記

『ケミストリー』 <旧>読書日記1410 

2023年07月23日 ナビトモブログ記事
テーマ:<旧>読書日記


ウェイク・ワン『ケミストリー』新潮社クレストブックス(図書館)

クレストブックスの出版リストを見ていて「こじらせリゲジョの煩悶」とあり、週刊誌の書評にも「こじらせリゲジョの煩悶をコミカルに描く」とあった。ということで年末に図書館から借りた本。

題名の「ケミストリー」には「化学」という意味の他に「相性」という意味があるという。

著者は中国系アメリカ人。巻末の訳者あとがきによると上海に生まれた著者は5歳の時に両親と共にオーストラリアに移住、その後カナダを経由して11歳の時にアメリカへやってきた。周囲はほとんど白人ばかりという環境で生育し、ミシガン州で全米のトップクラスと言われた高校に入り、ハーバード大学に進学。

ハーバードの大学院では公衆衛生学の博士課程に進学。課程を修了しないうちにボストン大学の美術学修士課程にも出願して合格し、同時に2つの過程を学ぶという離れ業を超人的努力で続け、修士論文として書いた本書が出版されることになって、デビュー作家を表象するPEN/ヘミングウェイ賞を受賞(ちなみに「癌の疫学研究」で博士号も獲得)。

内容的には化学の博士課程に在籍する中国系の「わたし」が同じ化学の研究生のエリックと同棲しながらも、エリックは博士を得てオハイオの大学に職を見つける。ほぼ完全な結婚相手だと見られる彼の求婚にすなおに応えられない「わたし」の生活を簡潔な言葉で綴っていく。その文体には「省略の多い、きれいさっぱりそぎ落とした骨のような文章で綴られた」という評もある。

うまく行かない研究・・結局、私は博士課程で挫折するのだが、それを両親に告げられない。話は「わたし」の気持ちに添って、過去の話と現在の話が入り交じり、幼き日の「わたし」の目には両親は喧嘩ばかりしているように見える。父は移民として懸命な努力の結果、学者としての地位を確立していて「わたし」にもそれを期待している。母もかつては優秀な人物であったが、英語をうまく習得できず、引きこもりがちだが、気まぐれのように「わたし」を遊びに連れて行ってくれた。にもかかわらず「私」には両親の愛情が感じ取れない。

作品中にロケットはなぜ飛ぶか(作用・反作用の法則)など科学についての(中学・高校で習う程度の)トリビアが入り交じるが、知らなかったり忘れた人だと読み飛ばすかも知れない内容だ。さらに、中国系という立場で書いたために「語り手は自分がモデルなのか」と良く聞かれるそうであるが「白人について書いている白人の作家はそんな質問は受けないはず」だと作者は苦情を呈している。確かにその通り。

読み終えて、訳者あとがきを読むまで気がつかなかったのであるが、エリック以外には登場人物に固有名詞が使われていない。なるほど、名前が無いことが普遍的な「あるある」話への道でもあり、一般読者の共感を呼び起こすものであったのか。
(2021年1月4日読了)



拍手する


コメントをするにはログインが必要です

PR







掲載されている画像

上部へ