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八十代万歳!(旧七十代万歳)
かなり回復____7話収録。
2023年07月23日
テーマ:テーマ無し
猛暑日は続くようなので、エアコン28度で凌ぎます。マンションは便利です。
昨日までの微熱も頭痛もほぼ治まって、元気とまではいかなくても、ネットの買い物を楽しんで居ます。
夜まで濃い緑茶を飲むのは良くないと言われたので、午後は宝寿茶で我慢する事に。と言ったら宝寿茶に失礼ですが、それほど静岡の粉茶が大好きなのです。
長年静岡の粉茶を濃く淹れて食事毎にかなりの量飲んで居ました。400cc入る寿司屋風茶碗で。夕食からはそれはやめたほうが良いと、お医者様に言われました。
前のポットは捨てられちゃったので、安めで可愛いポットを買って、午後は宝寿茶に。夏も熱い健康茶。そうしましょう。目の前に置いて少しずつたびたび飲むようにします。
水分を十分に摂ることはとかく忘れがちなので。忘れずにたびたび飲んで、弱い胃腸を温めます。
見えているマンションの大半が川向こうの志木市です。
今日の収録は我家から1キロ余りの柳瀬川の向こう側志木市のお話です。まとめて下さってある、有難い伝説の数々を、ラジオで紹介します。
伝説や民話を集めてネットに整理するのは手間のかかる作業でしょうが、志木市の方はきちんとネットに並べて下さって居ます。ラジオで紹介しやすくて大助かりです。
何週かは志木のお話が続きます。
猫の怪
篠崩れの怪
三つ子稲荷
在原業平と皐月の前
軍伝田
休み塚
泣き虫稲荷
ごく短い、1分半位のお話ばかりですが、風邪ひきなので今日はここまでで声が潰れました。
猫の怪ある年の夏、長勝院(ちょうしょういん。志木第三小学校と市営墓地の間にあった寺院)の近くの農家で、庭先に干した手拭(てぬぐい)がひんぱんになくなり、人々は手拭泥棒(どろぼう)を探索(たんさく)したが、手がかりもないままに秋となった。ある日の夜こと、館村のお百姓さんが水子村での用事を済ませての帰り道、長勝院の裏手の雑木林から賑やかなざわめきが聞こえるので、近づいて見るとたくさんの猫が集まって踊り跳ねており、どの猫もみんな手拭をかぶっていたという。その翌日から「家々の手拭を盗んだのはみんな猫の仕業(しわざ)だとよう。」「猫は魔物だというけど、やっぱり本当だなあ。」というような噂(うわさ)が村中に広まった。(柏町3丁目付近の伝説) 篠崩れ(しのくずれ)の怪昔、中野村に住む佐吉じいさんは、行方不明となったおばあさんの捜索で柳瀬川の篠崩れに潜(もぐ)り、川底でそのおばあさんらしき人を見つけた。そのおばあさんの髪の毛が、佐吉のふんどしの垂(た)れとは逆方向の川上になびくという異様な光景を目にした。が、おばあさんを助けねばと抱き上げようとしたがビクともせず、「お前は今後この川で漁をしてはならん。私がここにいる事を3年間誰にも話してはならんぞ。」と恐ろしい表情でつぶやいた。恐怖におののきながら佐吉は家に逃げ帰った。行方不明のおばあさんは、翌日上流の大和田(新座市)でみつかったが、気の抜けたその姿に人々は狐(きつね)に化(|ば)かされたに違いないと噂(うわさ)し合った。佐吉はその日以来、柳瀬川での漁をやめ、新河岸川のみで行っていたが、川底での約束の3年が過ぎた頃、事の顛末(てんまつ)を村人に語ったということであった。(柏町1丁目付近の伝説)
三ツ子稲荷安政(あんせい)年間(1854から1859まで)のある年の夏、江戸道沿いで青物等を商っていた長太郎は江戸の板橋へ仕入れに行った帰り、白子(しらこ。現在の和光市)の坂で苦痛に耐える大狐を見つけ、かわいそうにと思い家に連れ帰った。翌朝、大狐は3匹の子を産んだが、産後の肥立(ひだ)ちと乳の出が悪く、子狐は次々と死に絶え、日ならずして親狐も死んでしまった。この死を哀れんだ長太郎夫妻は、我が家の畑の隅に狐親子を葬り、そこにお稲荷さんの祠(ほこら)を建て、3匹の子狐にちなんで正一位三ツ子稲荷大明神(しょういちいみつごいなりだいみょうじん)と名づけたという。それが今も江戸道のわきにある三ツ子稲荷だといわれている。(本町3丁目付近の伝説)在原業平(ありわらのなりひら)と皐月の前(さつきのまえ)昔、志木地方一帯を支配していた豪族の田面長者長勝(たのものちょうじゃおさかつ)には、皐月の前(さつきのまえ)という息女がいたが、東国に下った業平(なりひら)が長勝の館に滞在したおり、業平と皐月の前は恋におち、ある晩館から逃げ出したのである。これを知った長勝は家来に捜索を命じたが、広大な武蔵野のことゆえ手がかりさえも得られず、窮余(きゅうよ)の一策として、樋の橋(ひのはし。新座市片山)の辺りから野火をつけた。猛火は2人の所にまで迫り、あわやと思った皐月の前が「むさしのは今日はなやきそ若草の、つまもこもれり我もこもれり」との一首を詠むと、不思議にも火は消え去ったが長勝の家来に発見されて、館へ連れもどされてしまったのである。そのとき2人が隠れていた場所は後に業平塚(なりひらづか。平林寺境内にある)と呼ばれた。また、野火止の地名も、このことにちなんで生まれたものだとも伝えられている。(柏町3丁目付近の伝説)
泣き虫稲荷となり村から宗岡村に嫁(とつ)いで来たお嫁さんに、1年後に男の子が生まれ家族から祝福されたが、この赤ん坊の夜泣きには家中が閉口(へいこう)した。苦情に困りはてたお嫁さんは、赤ん坊を背負って家をぬけ出し、暗い野道で夜を明かす日が続き、睡眠不足から体をこわしてしまい、実家で養生(ようじょう)することになった。実家への帰り道、草むらの中にあった小さな祠(ほこら)が目にとまったので、「この子の夜泣きがどうか治りますように」と心からお願いして帰ったところ、不思議にもその晩から赤ん坊の夜泣きはピタリとやんだのである。おかげで熟睡(じゅくすい)もでき、すっかり健康を回復したお嫁さんは、嫁ぎ先へ戻る途中、白い米のだんごを買い求め、その祠にお供(そな)えして心からのお礼としたのである。その話を聞いた同じ悩みを持つ母親達が、この祠にお参りをするようになり、夜泣きに苦しむ家もなくなった。そしていつしかこの祠を、泣き虫稲荷と呼ぶようになったという。(中宗岡1丁目付近の伝説)
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