読書日記

『楽天旅日記』 読書日記214 

2023年06月16日 ナビトモブログ記事
テーマ:読書日記

山本周五郎『楽天旅日記』双葉文庫(図書館)

山本周五郎の本はたくさん読んでいるけれど、全部読んだ訳ではない。それが図書館に行って文庫本の棚を見ていたら、この本が目に入った。題名からして未読は確かであったが、奥付を見れば2018年8月刊である。ちなみに山本周五郎の没年は1967年である。

裏表紙の内容紹介文には
側室一派の謀略により廃嫡され、幼児より国許で幽閉同然の身となっていた大吉田藩の正嫡(松阪)順二郎は美々しくも無力な若君に育つ。だが、二十四歳の折、世継ぎとされていた側室の子がポックリ逝去。急遽、隠密裡に江戸表へ迎えられることになった順二郎に予期せぬ裏切りや手練の誘惑美女が襲いかかる。いきなりの世間の荒波に、はたして若君は耐えられるのか!? 文豪・山本周五郎史上もっとも愉快で深い傑作時代小説

とある。なるほどぉ、この紹介文と「楽天旅日記」という題名からはなんとなく内容が想像出来よう。ということで、読んでみたのであるが、執筆当時の世相らしきことや政治批判的な文(*)もあり、一体これは何時書かれたものだろう?という疑問が頭から離れなかった。

この大吉田藩というのは七十万石という大藩(もちろん江戸期にこんな大藩は無い、石高が近いのは島津藩七十三万石、伊達藩六十三万石しかない)であり、順次郎は頭は悪く無さそうであるが、日常生活のすべてにおいて周囲の者がすべて執り行い、ただただ生まれたばかりの赤ん坊の様に何も知らないという若者である。しかも、日常的に他人から指図された通りに行動するように躾けられている。そんな無垢の若者が突然たった1人で世間に放り出されたら・・という話であった。

ところで、先ほどの疑問であるが少し遡って調べて見ると新潮文庫として1982/7/25出版。単行本としては1961年4月に三洋出版社から出版されている。その他にも周五郎全集などに収録もされているし・・ふうむ、これでもまだ内容とのズレがある様な感じだ。さらに、山本周五郎の細かい年譜があったのでそれを辿ったところ、『講談雑誌』(講談社)に1950(昭和25)年1月〜11月に連載されたものと判った。うん、これで執筆時代がわかり、戦後すぐとも言える時期の中で政治批判(*)ととれる部分の繋がりも判った。

正直に書けば、山本周五郎らしさは感じられず、おちょくりと歯に何か詰まった様な書きぶりであり、深読みを敢えてすれば順二郎(正嫡なのに二郎とはこれ如何に?)の純真無垢さを戦後日本=順二郎と重ねてみれば戦後日本の行く末を憂えてみたものかもしれない。ただ、少なくとも「山本周五郎史上もっとも愉快で深い傑作時代小説」と言うのは針小棒大の誇大評価であろう。

(*)一例だけあげておく。
 松阪家の江戸邸では、その夜、月見の宴がひらかれていた。(中略)もちろん階級によって差別のあることは致し方がない、これは現代の民主国家または共産主義国家などと同様である。
 ただ違っているのは「王侯貴族」などの称号が「資本家」とか「指導者」とか、「委員長」「書記長」などというものに変わり、また「領民家来」なる名称が、「国民」とか「同志」などというものに変わっただけであって、少数の強権者が酒池肉林の贅に飽き、最大多数の弱者がそのおこぼれを頂戴する点にはいささかの変化もない。(p274)
(2023年6月1日読了)



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