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読書日記
『五月 その他の短篇』 読書日記213
2023年06月14日
テーマ:読書日記
アリ・スミス(訳:岸本佐知子)『五月 その他の短篇』河出書房新社(図書館)
著者は1962年、スコットランド生まれの女性。確か週刊誌の書評を読んで図書館に予約した。予約は出来たが、まだ購入予定の本だったので少し待って借り出せた本。ただ、そのタイミングが悪くて読み切れず、一度返却して即日借りようと思ったら、わずか数十分の内に他の人に借りられてしまった・・
「普遍的な物語」「ゴシック」「生きるということ」「五月」「天国」「浸食」「ブッククラブ」「信じてほしい」「スコットランドのラブソング」「ショートリストの季節」「物語の温度」「始まりにもどる」という12篇が収められた短篇集で、広告文だと
近所の木に恋する<私>、バグパイプの楽隊に付きまとわれる老女、おとぎ話ふうの語りの反復から立ち上がる予想外の奇譚……現代英語圏を代表する作家のユーモアと不思議に満ちた傑作短篇集。
というもので、書評でも「不思議な感覚」とあったのだが、それしか他に言い様が無い本であった。ストーリーは基本的にない。主人公あるいは語り手や視点は一篇の中で変化する。その異質さの一例として冒頭の一篇の書き出しを少し長いが引用する。
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あるところに男がいて、墓場の隣をねぐらにしていた。
いや待て、ちがうな。何も男と決まっているわけじゃない。この話にかぎって言えば、女だ。
あるところに女がいて、墓場の隣をねぐらにしていた。
でも正直、今どき誰もこんな言葉は使わない。今はみんな”墓地”と言う。”ねぐら”も死語だ。ということは
昔あるところに女がいて、墓地の隣に住んでいた。毎朝、女が目を覚まして裏の窓から外を眺めると、そこには−−
今のもなし。昔あるところに女がいて−−隣もやめだ−−古本屋に住んでいた。フラットの二階に寝起きして、一階全体を占める古本屋を営んでいた。
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この書き出し…まるで著者の心の中の呟きの様だが…から始まって1ページ半ほど古本屋の描写が続いたと思ったら
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待てよ−−こうかもしれない。
昔あるところに一匹のハエがいて、古本屋のウィンドウに飾ってある古びたペーパーバックの上で翅(ハネ)を休めていた。このハエは(以下省略)
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と変わる。さらにこの話は『グレート・ギャッビー』の古書を買い集め長さ2メートルの舟を作って、港から船出し二百メートルほど浮かんでから浸水し、やがて沈んだ。
となって本篇の終わりに繋がる。一作読んで、これは一気に読み通すことは出来ないと悟った私は毎日一篇ずつ読む計画を立てたのであるが、計画というものは常に予定変更があり、雨が降ったり風が吹いたり、そしてなにより他の本が割り込んで来てついには夢の中で自動連想による読んでいない作品を書くようにまでなり、私が正気を取り戻すまでに1週間が経ったのである。
表題作の「五月」は近所の木にどうしようも無く恋い焦がれる話で、「生きるということ」は街で死神と出逢ってから起こる混乱を描く。接客業にたずさわる者は必ず厄介な客に出会うという「ゴシック」など、発想も構成も見通せない短篇が12篇。考えて見ると、訳者の岸本佐知子はエッセイ集『ねにもつタイプ』でこだわりの深い性格と妄想発展系のエッセイを吐露していたなぁ、と思いだし、ああ、著者と似ているなぁと。だからこその翻訳であろうと納得した。
(2023年5月30日読了)
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