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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第二部〜 (二百六) 

2022年03月15日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 目を伏せて、テーブルの一点をみつめてはなす正三に、小夜子から三の矢が射られた。「男らしくありませんことよ!」「違います、違います。ほんとうに正気ではなかったのです。ですから、ですから……、けっして小夜子さんを裏ぎってはいません」 正三の必死のさけび、それは小夜子の許しを請うというよりは、己に対する言いわけだ。“ぼくは悪くない、酩酊状態のぼくになにができるというのか。芸者と情交をかわしたかどうかすら、怪しいものだ。いや仮にだ、仮にそうだとしても。かたわらにあった物体を抱いてねたというにすぎない” 執拗に否定する正三だが、しづのところ、少しずつ記憶が蘇ってきている。あれこれと世話をする芸者に対して、不遜な態度をとりつづけたことを思いだしている。
 連れの二人を残して、芸者にうながされるままに席をたった。「さーさ、行きましょうね。ご不浄ですよ、がまんしてくださいよ。漏らしちゃ、だめですよ」「がんばれ、佐伯くん。未来の次官さま。撃沈されぬよう、しっかりとがんばれよ!」「なにごとも、為せば成る! だ。佐伯正三くん、突撃だ!」 二人からの檄が聞こえぬふうに、芸者に寄りかかって部屋をでた。トイレに行く気などまるでなかったが、芸者がくりかえすご不浄ということばに、身体が反応しはじめた。
 千鳥足であるく正三と肩に手をかけさせて支える芸者。襟元からただようほのかな香に、気持ちがゆったりとしてくる。毎日を緊張のなかに過ごした。激論が闘わされるなか、ひたすらその内容を書きとどめつづけた。その激論のなかに入れぬおのれが情けなかった。正三に対して未来の次官さまと口々に言う者たちが、己の論を東陶とまくしたてるというのに、正三ただ一人が蚊帳のそとに置かれいる。じくじたる思いが正三を責めたてる。
「仕方がないさ。佐伯くんは途中入省なんだから」「次官さまというのは、大所高所から物ごとを判断するものさ」「方向性を指しすめすものだ、次官さまは」「こんな議論は、われわれに任せてくれ」「佐伯くんは、最後の最後に、どん! と行くんだよ」
 結局のところ、最後まで議論の輪のなかに入ることのなかった正三だ。入るではなく、入れなかった。哀しいかな、彼らがなにを論じ合っているのかすら理解できない。理解できない専門用語がポンポンと飛び出して、議事録としてまとめようとする正三を悩ませつづけた。とりあえずカタカナで書きとめて、議論終了後に一語一句を確認しつつ漢字表記した。屈辱だった、しかし如何ともしがたい。苦渋の思いを飲みこんで、彼らからの教えを受けるだけだった。しかし事務次官に提出する報告書を作成したことで、正三がチームリーダーだということになった。
「さあ、着きましたよ。佐伯次官さま、お手伝いしましょうか?」 芸者の声が心地よく、正三の耳にとどく。「うん、うん」と、うなづく正三。良きに計らえとばかりの、正三。殿さま気分の正三だ。はじめて味わう感覚だった。支配欲を満足させる権力者といったものか? 叔父の源之助が口酸っぱくくり返す、次官になるということを感覚でとらえた正三だった。

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