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敏洋’s 昭和の恋物語り
水たまりの中の青空 〜第二部〜(百四十五)
2021年10月07日
テーマ:テーマ無し
源之助は弁護士に全てを任せる気でいたが、正三があれ程にこだわる小夜子に会ってみたくなった。
とりあえず電話を入れて来訪の意思を伝えた。
しかしそこに小夜子は居るはずもなく、富士商会へ就職したと聞かされた。
加藤も、まさか武蔵宅へ転がり込んだとも言えず、会社の寮に入ったらしいとの返事をした。
“ほう、とりあえずはまともな生活を送っているのか。
まあ、正三が惚れたという娘だ、そうであってくれなくては困るというものだ”と、受話器を持ったまま頷く源之助だった。
翌日の午後に、源之助自身が富士商会へ電話をかけた。秘書にかけさせようかとも思ったが、受付の様子で会社が分かるものだと思った。
「はい、富士商会でございます」
「ああ、そちらに、竹田小夜子なる女性が勤務していると思うのですが、電話に出していただけますかな」
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「こちらは、逓信省の佐伯源之助というものです」
「少しお待ちください」
葉巻を燻らせながら、苛立ちを隠せない源之助だった。
待たされるという経験のない源之助は、受話器を叩き付けたくなった。
“この儂を待たせるとは、どういうことだ! 大した会社ではないな、躾がなっとらん!”
「お待たせいたしました。申し訳ございませんが、当社にはそのような者は在籍しておりません」
予想外の返事に、源之助は怒りが爆発した。
「在籍していないとは、どういうことだ!
貴様、民の分際でこの儂を愚弄する気か!
女のお前では分からん! 上司を出せ、上司を」
いきなりの剣幕に恐れをなした浪子だったが、あいにくのことに皆が皆出払っていた。
いつもならば居る五平でさえ、今日に限って外出していた。
「申し訳ありません。皆、出払っておりまして。
後ほど連絡させますので、連絡先をお教え願えますでしょうか」
必死の思いで応えるその声に、源之助も平静を取り戻した。
「まあ、留守では仕方がない。お嬢さん、怒鳴ったりして悪かったね。
いい、いい。また、かけ直すことにしょう」
「帰りましたよ、浪子さぁん」。素っ頓狂な声で、五平が立ち戻った。
「専務、大変だったんですよ」。浪子が半ば涙声で、訴えた。
「なんだい、なんだい。一体全体どうしたのかねえ、と、きたもんだ」
浪子の変事には気付かぬふりで再度問い質した。
浪子は源之助からの電話を、多少誇張して伝えた。
「そうか。小夜子さんのことでなあ。分かった。私が処理するよ。
万一、再度電話が入ったら、すまんが、『まだ帰りませんので、後ほにど』と応えてくれ。
すまんが、頼むよ。社長が戻らんと、返事ができないことなんだ」
両手をすりながら、五平は浪子に頭を下げた。
泣き顔を見せる浪子だったが、
“社長宅に転がり込んだ娘が居るって聞いたけど、小夜子って娘なんだ”と気付くと、武蔵の秘密を知ったことで何か得をしたような気持ちになった。
“さてさて、いよいよかな。タケさんにも、そろそろ決断を求めなきゃ。
まさか、社長の自宅で寝泊りしてます、とも言えんぞ。
それにしても、何をもたついてるんだ。いやに慎重なことだわ”。
窓の外を見やりながら、武蔵の珍しい優柔不断さを嘆いた。
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