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のんびり。

「絞殺」 

2020年09月12日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

〔1979年/日本〕狩場保三(西村晃)と良子(乙羽信子)夫妻は、一人息子の勉(狩場勉)の教育に、大変に力を入れてきた。一流進学校に通わせるために、引越しをするほどに。当の勉は、クラスメイトの初子に思いを寄せ、河原で凌辱しようとするが、抵抗される。その後、勉は、初子が母親の再婚相手から、日常的に性的虐待を受けている事を知り、大変なショックを受ける。それから数日後、初子は義父を殺し、蓼科から勉を呼び出し、ひととき2人だけの時間を過ごしたあと、自殺する。勉は荒れ、バットで家中の物を壊し、両親に暴力を振るい、ついには母親に・・・。観る前は、暴れて手の付けられない息子に思い余って、手をかけてしまった、気の毒な両親、と思っていたのだけれど、観ていくうちに、どんどん息子に同情的になる。父親は、食事の席で、延々と、勉強や進学の事で息子を叱咤激励。それから、いかに、自分や親が立派かを話し続け、妻と息子は、その「ありがたーい」「お言葉」を黙って聞いているだけ。客観的に見て、この親父、妻や息子に胸が張れるほど、立派な人には、私には思えない。いや、別にこの親父が立派かそうでないかなんてどーでもいい。世の中、そんな立派な人間なんて、そうはいない。ただ、よくもまぁ、我と我が身を棚に上げて、あれだけ偉そうにできると思って。もちろん、時代の違いは大きい。父親であるってだけで偉い。男であるってだけで偉い。この親父はそんな風に育ってきたんだろうし、それに何の疑問も感じず、家族にもそう接しているのだろう。母親にしても、息子の異性関係に、異様に目を光らせて、とにかく気持ち悪い。今の親は、子供に恋人ができたって、もう少し、軽い対応をするんじゃないかしら。それから、大学受験にしても、今のような、全入時代と違って、当時は子供の数も多く、「受験戦争」と言われるくらい、大変だったのだろう。それは理解する。ただ、食事の席での会話が受験の話「のみ」ってのが、うんざり。もう一つ、大きな時代を違いを感じた場面、それは、自殺した初子が、自分をレイプし続けた義父を殺してしまった事が、ニュースになった時、なんとなく、映画の中の空気が、「その程度の事」「親を殺すなんて」みたいな風だったこと。今、そんな事件があったら、さすがに「その程度の事で」とは言われないだろう。そんな事件一つとっても、時代で考え方が変わるものだ。最後に、息子を殺したけれど、実刑にはならず、執行猶予が付いて家に..

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