ほっこり

個人の記憶遺産 

2019年10月01日 ナビトモブログ記事
テーマ:男もすなる日記



歳を重ねてくると
日々の何気ない生活が記憶の大河に呑み込まれていく
そんな気がする
忘却の彼方へと流れ去ったものは多い

この世に生を受けたときを源流とするならば
湧き水がやがて小さな流れとなり
支流が幾筋も集まって、川となる

すべからく、大きな川へと姿を変え、海を目指す

途中には滝もあり、断崖絶壁もあったかもしれない
始めはちょろちょろ、人跡未踏の藪の中をものともせず

流れは次第に勢いを増す

岩を砕き、砂を巻き込み、流木をも呑み込む

山の滋養を贅沢に取り入れて
何事もなかったかのように
ゆったりと大海原へと流れ込む

風光明媚な姿は、時として、荒ぶる神の化身となりて
あらゆるものを淘汰する


記憶・・・

これはいつからあるのだろうか

私自身は4〜5歳頃からだと思う
人は新しい知識や感覚を得る為に2〜3歳頃迄の記憶を消す作用が脳内で働いていると言う

では、記憶とは何だろうか?

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの複合技ではないかと思う
それと生き物としての本能

個人的見解である

なぜだか理由はわからないが
懐かしい何かを感じることがある

「あ〜、懐かしい」

「この感覚、昔、感じた事がある」

「いや〜普段意識していないんだが、懐かしく感じるんだよな〜」

DNAに刻まれた記憶なのか後天的なのかはわからない

本当に不思議ですね

しかしながら、何と言っても一番の記憶は影像じゃないでしょうか?

その中でも一番の手がかりとなるのが「写真」

私はそう思います

子供の頃の写真、特に生まれた頃、赤ちゃんだった頃の写真は黒い紙のアルバムにセピア色の写真が貼り付けてあった

「○○、●歳」などと両親のコメントが書かれていた
もちろん、記憶にない

それから、幼稚園〜小学校と写真の数は増える

今、アルバムは手元にはないのだが、その1枚1枚は鮮明に記憶に残っている
あの時の空気感が見事に甦る

卒業アルバムの写真はほぼ記憶している

昨日の夕食、何を食べたか忘れているのに・・・

一つだけ例にとれば

私が小2、妹が2〜3歳の頃だっただろうか

動物園のゾウの前での写真

その時のボクはお洒落な帽子を被り、大きなゾウの前でフェンスに両手を伸ばして決めポーズ・・チーズ!
妹はゾウが恐くて、泣き喚いて、助けて〜!

カシャッ!

父が撮影した偶然のベスト・ショット!


ま〜それ以降、日常のピンナップや登山の写真等
数千枚以上の写真の数々・・

技術的には低レベルだがよくもこんなに撮ったものだ

しかし、それらを見返すとき記憶が

点と線となって繋がってくる

つくづく思うのだが

その写真を見なくても、すぐに脳裏に浮かぶ写真が
ベスト・ショットだと思っている

おそらく、数十枚いや、百枚以上はあると思う・・

だから、ベスト10を選ぶのは至難の技だ

全てが個人の記憶遺産候補に他ならない

これからも候補は増え続ける

困ったもんだ



♪Barbra Streisand〜Memory
https://www.youtube.com/watch?v=MWoQW-b6Ph8
ミュージカル「CATS」で有名ですね
歌詞付きの動画もありますが、バーバラの唄が一番好きです


★「プレゼン」(小話)に拍手、コメント頂き有難うございました。

皆さんの記憶遺産は何ですか?
しかし、自分が書いたもの〜忘れますね!
小話もかなり書きましたが、後で読み返すと半分以上は忘れています。「アーカイブス」とはよく言ったもので「文字」にしたものは忘却が早いのかもしれません。読み返すと非常に恥ずかしい〜よく、こんな馬鹿話書いたな〜と呆れるばかりです。どなたか大きな穴を掘ってください!すぐ、隠れます(笑)



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モッチャンさんへ

ぼてふりさん

いい意味でも、封印したい意味でも
個人の記憶遺産はあると思います。
それを今後にどう活かすかが問題ですね
そう、思います

2019/10/02 01:42:03

漫歩さんへ

ぼてふりさん

人の死

私が幼稚園前でしょうか、ひい婆さんが死んで火葬場に行ったのを覚えています。
祖父が黒い腕章を付けていましたよ。
はっきりと覚えています。
わけわからんから悲しくもなかったです。
祖母の骨を拾った後は泣きました。

2019/10/02 01:39:51

おじいちゃんの記憶遺産

モッチャンさん

こんばんは。
ロッキング式の木馬が届いて遊んだことを鮮明に覚えていました。
大人になって、そのことを父に尋ねたら・・
私が3歳の時と言われた。
とても嬉しかったと思います。

大人になってからは人生の転換期や事件等記憶は消えない・・・

墓場まで持って行かなければならない封印された記憶遺産も多々(笑)

仕事は頑張ったけど・・
オフの人生は平坦では無かった(;^ω^)
東南アジアでの萌え〜♪は最高に楽しかった\(^o^)/

引退してから塀の内側に落ちないよう・・法令順守で・・火遊びは慎む!(^^)!
ありがとうm(__)m美魔女の大和撫子♪
日々感謝ですm(__)m

2019/10/01 23:35:13

人の死

漫歩さん

小学校4年でした。
祖母の脈をとっていた医者が「ご臨終です」と告げたのが聞こえたかのように見る見る顔色が青白く変わってゆきました。
「これが人の終わりなんだ!」。
生きた者が物になった瞬間を見つめた私は、人は死ぬのだということを初めて意識したのです。

今思うに、10歳という年齢での体験は腹を据えさせる意味でよかったのではないかと思っています。

2019/10/01 21:07:06

和(なごみ)さんへ

ぼてふりさん

心に残るものが自分の遺産ですよね
月並みな言い方ですが

自分も含め他人の意見に左右されずわが道を突き進んでください。頭が石灰化した年寄りのたわ言なんか気にしなくていいのです。勿論、私の意見も含まれます。SNS上の他人さんの言葉については取捨選択しましょう!

2019/10/01 16:53:09

記憶

和(なごみ)さん

先日、アルバムの整理をしてほとんどの写真を
処分しました。
フィルムも全部捨てました。
今、自分の記憶遺産は自分の頭の中だけです。

2019/10/01 16:07:00

月あかりさんへ

ぼてふりさん

メディア〜と言う記憶

幼稚園入園前の記憶です

母が油物を調理していたある時、その油が目に入って眼科に行き眼帯をして帰って来たことを覚えています。母ちゃん〜痛かったろう〜と、子供ながらに思った。その頃、母はラジオをドラマを聞きながら夕食の仕度をしていた〜青い山脈♪〜覚えているよ

テレビの記憶〜父が見ていた番組

「太平洋戦争とは〜・・」これが一番古い記憶・・
ナレーションと一緒に南方の兵隊さんがバナナを分け合っていた影像〜TVでの一番古い記憶です

三つ子の魂百までも・・・

子孫には現実を見据えて正しい判断をしてもらいたいと思います
間違った戦後史観から脱却してもらいたい

2019/10/01 15:31:22

其々の走馬灯

月あかりさん

そうですね。ぼてふりさんの確かな記憶遺産。

ズズ〜っと流されている、私のあやふやな記憶が
確かにそんなことが有ったかも!!と引っかかる
ことがあります。ぼてふりさんは本当によく覚えて
いるものと、いつも感心します。

「記憶」・・・写真こそありませんが細切れの
夥しい一枚一枚が今の自分の人生を彩っています。
死の直前に流れるという「走馬灯」に、果たして
これらが入っているのかしら?楽しみです。

2019/10/01 13:56:37

ピコチャンさんへ

ぼてふりさん

おそらく、楽しかったことは
あの世の鬼さん達ににも自慢のインスタと言ってスマホ画面見せているでしょうね(笑)
鬼さんたちにも18歳がありました
共通の話題です〜

2019/10/01 12:16:15

記憶

さん

忘れたいこと、記憶薄れています。
楽しかったこと、記憶は鮮明です。
なので、人間は幸せでいられますね (^-^)

2019/10/01 11:45:50

ゆりかごの夢さんへ

ぼてふりさん

この数日、昼間は夏が戻ったかのような日差しでした。朝夕の風は涼しいですよ。
今はデジカメやスマホでたくさん記録できますから、その量たるや半端ではありませんね。
外食すればカシャッ!何かあればカシャッ!
記憶遺産候補だらけ〜
目を閉じて、しっかりと

「心眼」

今こそ心の趣くままに従わねば・・
糞味噌の世界から、本当にいいものを見つけないといけないような気がします

写真を撮ることに必死な姿・・本末転倒
心に刻む修養も必要ではないか?
・・などと思ったりもします

2019/10/01 11:20:59

写真から

ゆりかごの夢さん

記憶を辿るには写真が多いですね、

パソコンに取り入れる良さもありますが
アルバムのページをめくりながら懐しさに
浸ります。

2019/10/01 10:07:21

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