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パトラッシュが駆ける!

メガネ 

2018年10月27日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

私は、近眼であり、眼鏡なしでは、遠くのものが見え難い。
しかし、よくしたもので、近くのものは、難なく見える。
同世代の人々が、新聞を手に、老眼鏡を探し回っている、
その隙に、私は、裸眼でもって、さっさと記事を読み終わっている。
神様は、ちゃんと、バランスを取ってくれている。
とは言いつつも、メガネなんぞ、ないに越したことはない。
運動や、肉体労働をやるに際し、
どれだけ、この鼻の上の物体が、邪魔になったことだろう。

パソコンには、裸眼で向き合っている。
メガネを、キーボードの脇に、置いたままやる。
この方が見やすいのだから、仕方ない。
しかし、この「脇に置いた」のがよくなかった。
人間、何処に不運が潜んでいるか、わかったものではない。

パソコンで文章を書きながら、私はしばしば、
広辞苑を繰(く)る。
今時は、電子辞書を使う人が多いけれど、
私は、昔ながらの、紙の辞書が好きだ。
目的の語に到達するまで、ぺらぺらと捲る、
あの間合いが好きだ。

例えば「滄浪」なんて言葉がある。
滅多に使わないから、意味をしっかり確かめる。
そのついでに、周辺の語をも眺める。
「候」「早漏」「早老」「蹌踉」などがある。
「蹌踉」とは、足元の定かでない様、よろめく様とある。
私の酔態を言っているようだ。
この「ついで」のせいで、私は少し、
利口になれるような気がする。
だから、紙の辞書から、離れられないでいる。

広辞苑を、目の前の棚に戻した、その直後であった。
ガンという音がして、何かが机の上に落ちた。
いや、自然に落ちるわけはない。
戻したつもりであった、広辞苑が、
棚に戻り切れていなかったようだ。

「滄浪」の意味を確認した。
さあ、文を書き続けるぞと、逸る気があった。
折悪しく、デスクには、メガネがあった。
アッと思った時には、広辞苑の下敷きになっていた。
厚さ、約九センチ、それは意外に重いのである。

メガネは、レンズが外れ、フレームが折れていた。
次の瞬間、明日の旅行のことが、頭をよぎった。
メガネなしに、新幹線に乗る。
旅先で、人に会う。
それは、かなりの困難を、伴うことになりそうだ。

修理のための、道具はある。
元金物店の店主としては、これを直してしまいたい。
しかし、フレームは、付け根から折れていて、
手の施しようがない。
時に五時。
メガネ屋に行かねばならない。
私は、書きかけの文を閉じ、急いで身支度を始めた。

「遠近両用だと、レンズを作るのに、一週間ほどかかります」
検眼を済ませたところで、店員が言った。
「困ったな……」
「近視用なら、レンズの在庫があります」
「それでいい」
「三十分ほどで、出来上がります」
贅沢を言っている、ヒマはない。
私は、そそくさとフレームを選び、店員に渡した。
背に腹は、替えられない。
この際、値段のことも言っては居られない。
私にしては、少々高価なフレームを選んだ。

* * *

近視専用だと、どうなるか。
遠くを見ていて、近くを見る。
この時に、風景がぼやける。
一瞬ながら、この身が、曖昧な世界に入る。

この時の対処法は、顎を上げるか、引くかである。
駅の階段の、その下りにおいてが、特に危ない。
次に踏むべき、踏みしろが、二重に見える。
ここで間違えると、一段踏み外すことになる。
そこで、踏ん張り切れず、転倒すれば、そのままゴロゴロと、
階段の尽きるまで、転げ落ちそうだ。
私は、周辺の人物で、階段から転落し、
死に至ったケースを、二例知っている。

旅先で、不慮の事故に遭ってはいけない。
二泊三日の旅の最中、私は、自重にこれ努めていた。
と言っても、緊張感の連続ということではない。
階段あるいは、段差を越える時、顎を引き、
レンズを通した画像のみに頼る。
これで、事故は防げると知った。

旅から帰ったら、遠近両用を作り直そうと思っていた。
しかし、旅の三日間で、近視用メガネに慣れた。
何一つ、不自由を感じることがない。
ならば、このままでいいかな……と思ったりする。
現実に、眼鏡を作らねば、その金で、
もう一度旅に出られるということもある。

妻には、一部始終を語った。
隠したって、いずればれるからだ。
彼女は、特殊な目を持っているようで、
私の些細な粉飾や糊塗を、いとも簡単に見破る。
これを炯眼と言ってもいいのだが、彼女の場合は、
広く世間で通用するわけではない。
あくまでも、私に対してのみ、炯眼なのである。

「メガネを換えましたね」
気付いた、お他人さんが、一人居た。
囲碁の生徒である、T子さんだ。
他の人は、誰も気づかない。
こんなおじさんの顔なんぞ、誰もまともに、見ていない。
という事であろう。

「お似合いです」
T子さん、そつがない。
こんなことなら、家への土産をさて置き、T子さんにこそ、
羊羹の一本も、買って来るのであった。



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擬人法

パトラッシュさん

みさきさん、
お得意の、そのものに、なりきる手法ですね。
メガネのやつ、怖かったでしょう。
広辞苑が、十トンダンプのように思われて……
実際、潰されてしまいました。

裸眼で手元は、よく見えるのです。
それも最近は、やや霞みがちですが。

それで、やむを得ず、遠近両用を、あつらえ直しました。
想定外の出費であります。
(芝居が二回、見られたのに……)

2018/10/28 10:03:38

想像しました。

みさきさん

書棚の広辞苑が、ちょっと 足場を外してよろッと倒れかけた時、机の上の二つの目は、それをしっかり見ておりました。「来るぞ、来るぞ、直撃弾だ、大きいぞ。逃げられない! ああ、もうダメだ、目をつぶって…」
ドスン、バキッ…。
その瞬間を想像して、ドキドキいたしました。

それにしても、近視用だけでも大丈夫だなんて、素晴らしい目をお持ちですね。私、手許は絶望的です。

2018/10/28 06:58:04

美女に目が行く

パトラッシュさん

漫歩さん、
例のルーペですね。
その名が、Hで始まる。
だからです、Hなことを考えるのは……

2018/10/27 16:14:11

コマーシャル効果

漫歩さん

パトさんのメガネの上に広辞苑が落ちた。

このくだりを読んで私の頭を過ぎったのはあのテレビのコマーシャルでした。

椅子に置かれた拡大鏡メガネの上に、ミニスカートの美女が形のよいお尻を一瞬乗せるシーン、あれです。

パトさんのお気の毒な出来事に同情の一言も書かねばならないときに〜。

心理学的な分析などせずとも、私の関心は美女の尻の重さに耐えたメガネではなく、別にあったことが見え見えで、恥じ入るばかりです。(笑)

新しく作られるメガネのフレームは耐久力のあるものをお勧めします。

ちなみに、私はあの拡大メガネ使っています。

2018/10/27 12:13:20

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