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パトラッシュが駆ける!

少年 

2018年08月04日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「おう来たか、入れ入れ」
「………」
「君たち、将棋を指しに、来たんだろ」
「………」
「先生、今、疲れてるんだ。取りあえず、二人でやっておくれ」
「………」
「ほら、ここに座って」
「………」
碁盤を押しのけ、将棋盤を設えてやった。
私のところは、囲碁サロンであるのだが、将棋の客も、
たまに現れる。
こんな時のために、用具は完備してある。
購入したわけではない。
寄贈品である。
私のサロンは、碁盤、将棋盤共に、
全て他人様から頂戴したものを、使っている。
席主の人徳により……なんてことではない。
年寄りが死んで、家族の誰もが囲碁将棋をやらないと、
用具は宝の持ち腐れになる。
そこで、伝手を頼り、私のところへ持ち込まれた。
そういう来歴のある、碁盤、将棋盤ばかりである。

I君、小学五年生。
T君、四年生。
私が、コーチとして通っている、小学校のクラブ活動の、
教え子である。
二人とも、熱心だ。
T君は既に、有段者であり、I君もまた、初段に近い。
今しも、伸び盛りだ。
勝てば、自信が付く。
さらに勉強する。
また強くなる。
これを、好循環というのだろう。
週に一回の、クラブ活動だけでは、物足らなくなる。
生徒によっては、他流試合を求め、町の将棋道場へと、
武者修行に繰り出す者も居る。
私のサロンは、将棋の道場ではないが、学校の教え子でもあり、
私は彼らのために、門戸を開いている。

二人とも、無言で指している。
「お願いします」
対局開始の挨拶を、交わしただけである。
囲碁将棋をやる者は、同じ世代の生徒に比べ、
概ね落ち着いている。
対局中は、盤面に集中する。
ふざける者、奇声を発する者など、まず居ない。
きちんと挨拶を交わすなど、同年代の者に比べ、
大変に礼儀正しくなる。
これだけでも、囲碁将棋をやる価値が、あるというものだ。

勝負は結局、T君が勝った。
学年は下だが、将棋は年齢差など、関係ない。
あの藤井聡太君を見よ。
並み居る先輩を押しのけ、各棋戦において、勝ち進んでいる。

「飛車が、思うように、活躍出来なかったな」
I君の敗因を、指摘する。
これでも先生だから、講評をやる。
敗者に対し、この敗局をバネに、次の勝負に役立つよう、
指摘してやるのが、私の務めだ。

「どうする?一番で終わりにするか?」
「………」
二人とも、黙っている。
「先生、今日は疲れている。残念だけれど、今日は指せない」
「………」
タイミングが悪かった。
サッカーのワールドカップの決勝戦があり、
昨夜はろくに、寝ていない。
本当を言えば、将棋のアドバイスなんか、
そっちのけで、眠りたいくらいだ。

「じゃあ、今日は終りにしよう」
「………」
お開きとし、帰ってもらうことにした。

 * * *

昔、高校時代の担任が言っていた。
夏休みに入ろうとする、直前であった。
黒板に、自分の住所を書いてから、言った。
「近況報告の、手紙をもらうのは、大歓迎です」
しかし、家を訪ねて来るのは、遠慮してもらいたいと言った。
へぇ、そんなものか、案外に薄情だなと思った。
先生も人の子、仕事から解放された休暇期間中にまで、
生徒の相手は、したくないということだろう。

さらに続けて言った。
「女子はいい。来てもいい」
「………」
「男子が困る。来てもらいたくない」
露骨な差別ではないか。
ふん、女好きめ……
男子の多くが、心の中で、先生を嘲ったのではあるまいか。
しかし、話の続きを聞いて、妙に納得することになった。

「女子は、放っておいてもいい。勝手にしゃべって、
勝手に笑い、勝手に帰って行く。
そこへ行くと、男子は困る。ろくに喋らない。
こっちから話しかけると、うんとかすんとか返事はする。
それだけだ。先生は、その応対に、疲れてしまう」
主客転倒とは、このことかもしれない。
生徒の方から、先生の家に伺候している。
それなのに、実態は先生の方が、生徒のご機嫌取りに、
終始している感がある。
そのことを、先生は、正直に言ったのであろう。

 * * *

あれから、何十年後、私が今、同じことを思っている。
思わされている。
女子はいい。
勝手にしゃべり、勝手に騒ぎ、勝手に帰って行く。
私は「あー」とか「うん」とか言っていればいい。

男子が困る。
黙って来て、黙って座る。
自分からは、ろくに喋らない。
「こうしようか……」
提案すれば、素直に頷く。
それだけ。
意思表示をしない。
一から十まで、私からの、指示を待っている。
「はい」
返事はいい。

これを、謙虚で、奥ゆかしいと言えなくもない。
礼節を心得ていると、言えなくもない。
しかし、落ち着かない。
私は今、年ごろの男子に、戸惑っている。
彼らは、分を弁えて出過ぎない、優秀な生徒なのである。



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幸か不幸か……

パトラッシュさん

漫歩さん、
そのご懸念は、もっともです。
私も、それは感じております。
先生の言う事に、素直に従わない、そういう破天荒な生徒の方が、意外な大物になったりする。
私の生徒にも、そんな人材が、居ないでもありませんが、多くは、優等生です。

軍人将棋、昔やりました。
大将、中将、少将と位階がありましたね。
懐かしいですが、現物は持っておりません。

2018/08/04 19:14:15

自己判断

漫歩さん

終わりの2行を読み終えて少々不安を覚えました。
何に?この国の将来についてです。

優秀な内弁慶が有能な人材に育つ確率は低いとみているからです。

国際舞台での日本人の言動、特に外務官僚を見聴きしきて、この感が強いのです。


ところで、パトさんは軍人将棋をおやりになりましたか。現物をお持ちですか。特に意味合いはありません。ふと頭に浮かびました。
暑さの所為ですね。(笑)

2018/08/04 17:38:44

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