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パトラッシュが駆ける!

トイレが鬼門 

2018年06月30日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

物音一つしない。
最初は、ウンチかな?と、思っていた。
七歳、小学二年生である。
にわかに、便意を催すことだって、なくはないだろう。

三分、五分……静寂の時間が過ぎて行く。
もうだめだ。
生徒の身に、アクシデントが、起きたかもしれない。
「おーい、どうしたぁー」
ドア越しに、声をかけた。
返事がない。
いよいよ、おかしい。
ノックをした。
それでも応答がない。

インターファンで、妻を呼んだ。
ドアには中から、カギがかかっているけれど、
トイレのそれは、不測の事態に備え、
簡単に開錠できるようになっている。
私は、元金物店の店主である。
そのくらいのことは、百も承知している。

しかし、相手が相手である。
ドアを開けた時に、下半身を露出した、女子が居たとして、
これを、むくつけきおじさんが、抱き起すのは、
いかがなものか。
あらぬ誤解を受けないとは限らない。
それで妻を呼んだ。

「どーしたの?」
「実は……」
やって来た妻に、事情を説明しかけた途端に、ドアが開き、
M子が出て来た。
逆に、どうしたの……というような、顔をしている。
「おい、大丈夫か?」
「うん」
「どうしたんだ?」
「眠かったの」
「おいおい……」
排尿をし、そのついでに、つい、うとうとした。
ということらしい。
風呂で眠るなら、まだわかる。
便器に座っての「雪隠眠り」……こんなことは初めてだ。

 * * *

私の囲碁サロンには、様々な客がやって来る。
大体が、長時間滞在する。
茶を飲む。
トイレに行きたくなる。
これは、老若男女を問わず、自然の成り行きだ。

入ったきり、長時間出て来ない客というのは、
これまでにもあった。
かすかに物音がする。
だから、待った。
じっと待った。
これは、高齢の男性である。
十分ほど経ち、ようやく出て来た、彼が言った。
「失礼しました。ちょっと調子が悪かったもので……」
どうやら、腹具合が良くなかったらしい。

顔色が冴えない。
胃腸薬をと言われたって、そんなもの、常備してあるわけがない。
私は元々、薬嫌いなのだ。
ついでに言えば、医者嫌いでもある。

「救急車を呼ぼうか」
居合わせた客が言う。
さあ、えらいことになった。
付き添いで誰か、ということになれば、それは席主たる、
私の役目であろう。

結局、タクシーで帰るということになった。
それがいい。
自宅に戻り、寝ていれば、治るのではあるまいか。
あるいは、近所の医者に、行ってもらうのもいい。
冷たいようだが、私の元から、去ってくれれば、それでいい。
お願いだから、体調のすぐれない時は、無理して、
私のサロンに来ないでくれたまえ。

 * * *

「いい碁会所ですねえ、こぢんまりとして……」
「いえいえ」
「立派な碁盤ですねえ……榧の六寸、高かったでしょ」
「いえいえ、もらい物ですから」
「おや、9ミリはありそうですね、このハマグリは」
「まあ、そんなもんでしょう」
「いい盤石を使っておられる」
「いえいえ」
「一局、教えて頂けますか?」
「はい」
「じゃあ、私の黒で」

私のサロンは、世間の皆さんには、案外に、興味深いのではあるまいか。
碁盤が三面の、小さな碁会所である。
商売として、成り立っているようには見えない。
席主は、さぞ風変りな男であろう。
一体、何を考えているのだろうか……
その疑問が、人を引き寄せるのでは、あるまいか。

時たま、内情を探りにであろう、一見の客がやって来る。
ちょっと見学を、ということで、彼は元々、顧客になんぞ、
なるつもりはない。
これを「冷やかし」ということも出来る。
こういう手合いに限り、やけに愛想がいい。

碁を打ち始め、しばらくしたら彼
「ちょっとトイレを拝借」と来た。
嫌な予感がする。
やはりだ。
入ったきり、出て来ない。

出て来たと思ったら、やはりだ。
腹の調子が、良くないようです。
申し訳ないですが、今日のところは、
これにて失礼しますと言った。

本当のところは、わからない。
打ち掛けの碁盤をそのままに、そそくさと、帰って行った。
「また、寄らせて頂きます」
と言ったけれど、彼が再び、来ることはないだろう。
私も言ってやった。
「十分に、体調を整えてから、おいで下さい」

私のサロンのトイレは、客に恵まれていない。
時たま、問題が起きる。
だから、つい下手な洒落を言いたくなる。
「うんが悪いなあ」



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