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吾喰楽家の食卓

父親の気持 

2018年04月26日 ナビトモブログ記事
テーマ:生活

わが家は、東秩父連山東端の南側に位置している。
裾野と云って良いだろう。
半世紀ほど前、テレビCMでお馴染みだった、不動産会社が開発した分譲地である。
土地だけを分譲したので、家の形や土地の広さは色々だ。
西隣の空地は旗竿地になっていて、竿の部分を隔てて隣家がある。
曲がり角の外側なので、右前方に位置している隣家は、わが家の居間から良く見える。

昨日は、資源ゴミの収集日だった。
前夜、要らない衣類と段ボールを、縛って置いた。
ゴミ集積所へ運ぶので、雨の降り具合を確認する為に、外を見た。
本降りだったが、隣家のご主人は傘を差し、初心者マークが付いた軽自動車の窓ガラスを拭いていた。
幾ら拭いても、また濡れてしまうが、それでも、運転席からの視界は良くなる。
雨の中、出勤前の息子の為にしている父親の行為に、他人ごとながら胸が熱くなった。

私は、結婚するまで、両親と同居していた。
当時は本社勤務で、週に三回ほど愛車で通勤していたが、車の掃除は滅多にしなかった。
白い車は、案外、汚れが目立たない。
それでも、奇麗好きの親父は、見兼ねて掃除をしてくれた。
以来、車掃除は親父の仕事になった。
御袋から、「偶には、自分で掃除しなさい」と云われても、「親父の楽しみを、取り上げては悪いよ」と、うそぶいていた。

傘を差しながら、車の窓を拭いている隣家のご主人を見て、亡き親父を思い出したのだ。
一週間経つと、二十五回目の祥月命日が来る。
改めて考えると、車を掃除して貰った礼を、親父へ云った記憶がない。
初月給で、何か買ってあげようと思ったら、「俺はいい。母さんに何か買ってやれ」と、云われた。
息子に対し、父親は損な役回りなのかも知れない。
この歳になり、親父の気持が少し分かったような気がしている。

   *****

写真
4月25日(水)の昼餉(素麺と紅鮭)と夕餉(分厚いメンチカツとジャーマンポテト)



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Reiさんへ

吾喰楽さん

こんにちは。

母娘が近くに居ると、お互いに心強いですね。
お嬢さんだと、何かと頼りになると思います。

わが家から息子の家までは、片道で3時間近く掛かります。
共稼ぎですが、夫婦の休日が異なります。
その上、孫は部活があるので、会う頻度が減りました。

2018/04/26 12:59:40

Reiさん

最近、娘が近くに引っ越してきて、久しぶりに母親らしいことをしています(^^;
親は、子どものためにすることは、何だか嬉しいものですね。

2018/04/26 12:40:39

喜美さんへ

吾喰楽さん

おはようございます。

何処の親も、子供の為には、色々、やってあげますね。

私は、息子がマンションを買うとき、頭金の一部を援助したのが最後です。
息子も、私に年金しか収入がないのを知っていますから、何とか、自力でやっています。

駐車場は、アパートと異なり、管理が楽で良いですね。

2018/04/26 09:09:55

息子思い

喜美さん

主人は父が早く無くなり苦労しましたから 息子には本人には言いませんけれサラリーマンになると言いましたのでそれから駐車場作りました 此の収入で税金位払えるだろうと其れから無くなってから見ましたら息子の名前で私の印鑑で株の配当が毎年入っていました
娘の時は?忘れましたけれど
息子は可愛いらしいわ 最も駐車場
私助かります

2018/04/26 08:57:35

シシーマニアさんへ

吾喰楽さん

おはようございます。

還暦の前とは、随分とお若かかったのですね。

私の父は、83歳です。
早朝、電話で連絡が来て、車で飛んで行きましたが、間に合いませんでした。

亭主関白でしたが、晩年は母に優しかったです。
親の気持は、自分が親になって分かるものですね。

2018/04/26 07:44:40

おはようございます

シシーマニアさん

我が家の父は、私が国際コンクールを受けにイタリアへ行ってる間、突然亡くなりました。

59才でした。

余りに突然で、哀悼という意味で実感出来るようになったのは、数十年過ぎてからでした。

その時に、人は残された者が忘れ無い限り、生き続けるのだ、という事を悟った気がします。

お陰様で、久しぶりに、父のことを思い出しました。

2018/04/26 07:27:40

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