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パトラッシュが駆ける!

続・山荘の変人 

2016年07月30日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

帰宅したら、体重が2キロ増えていた。
原因はわかっている。
先輩の山荘に行き、そこに籠りっ放しであった。
せっかく、山に来たというのに、山登りはおろか、
ほとんど外にも出なかった。
日がな一日、二人して、取りとめもなく、話をしていた。

先輩はもう、客のための調理なんか、やりたくないと見える。
夕食時になると、車を走らせ、レストランへと向かった。
付近は、一面の別荘地帯ながら、飲食の店もないわけではない。
それは、文字通りの点在であって、しかも小さな、
家族経営の店だったりする。

見るからに、カロリーの高そうな、肉料理を食べた。
近くには、広大な八ヶ岳農場がある。
牛がたくさん、放牧されている。
もしかすると、そこで育った牛であろうかと、哀れを催しながら食べた。

昼食は蕎麦屋へ行った。
鄙には稀なる、繊細な蕎麦であって、香りも高い。
それを知っている私は、つい大盛りを注文し、ついでに、
天ぷらまで食べてしまった。

私だけ、ホテルに泊まった。
従って朝食は、一人、ホテルで食べた。
それがまた、朝食ともいえないくらいに、多菜であった。
私は、もったいない精神が、服を着て、
歩いているような人間だから、鮭もハムエッグも納豆も海苔も、
残すことなく食べてしまった。

かくなる上は、カロリーを費消しなければならない。
ホテルから、先輩の山荘までの距離は、約2キロと思われる。
歩いて行くつもりで、ロビーへ下りたら、間の悪いことに、
雨が降り始めた。
これしきの雨、何ほどのことがあろうかと、傘を広げたら、
ホテルのスタッフが、私の袖を、掴まんばかりに、止める。
「お客さん、びしょ濡れになってしまいます」
「大丈夫です。私は、歩き慣れておりますから」
「無理です。車でお送りします」

若い女性であり、ホテルのオーナーと思われる女性の、
その娘さんであろう、
顔がそっくりであり、そして、愛想のいいところも似ている。
私は、女性に袖を掴まれると、それを振りほどくことが出来ない。
それで何度も失敗している。
過去最大の失敗は……
おっとやめておこう。
私は、人生を追悔するために、八ヶ岳山麓に、来ているわけではない。

「では、そうさせて頂きましょうか」
ここでも、女性の勧めに応じてしまった。
これでは、せっかく山に来たというのに、カロリーなんか、使う余地がない。

但し、この送迎譚には、余談があり、思わぬ展開を派生させている。
先輩は山荘において、雨を見ながら、考えたと見える。
あの物好き(私のこと)は、きっと雨中をものともせずに、歩いて来るに違いない。
変な奴だが、客は客だ。
その難儀を、見て見ぬふりも出来ない。

山荘に着いたら、先輩の車がないので、すぐにそのことに気付いた。
迎えに出た先輩と、きっと何処かで、すれ違ったに違いない。
待つことしばし、紺色のスバル・レガシーが戻って来た。
先輩、無駄足を食らわせられ、憮然としている。
「なんでメールをくれへんの?」
「いえね、咄嗟とのことだから、連絡するヒマもなくってね」

さぞ機嫌を損じたかのようだが、さに非ず。
後で知ったことだが、先輩だって、抜け目なく、自分の用を済ませている。
私の不在をこれ幸い、ホテルに宿泊費を払ったようだ。
翌日私は、チェックアウトの際に、フロントで言われた。
「もう、頂戴しております」
「え?……」
やられてしまった。

「ホテル代は、私が払うつもりでしたのに」
後で先輩に言った。
「私が招待しましたんや、客人に払わせるわけには、いきませんがな」
こういう時の先輩は、決まって大阪弁になる。
今でこそ、兵庫県に住んでいるけれど、生まれは船場、
生粋の大阪商人の家系なのである。

終日雨が止まない。
食事に出る以外は、山荘に籠っていた。
八月になろうとするのに、リビングルームには、コタツがあった。
標高1300メートル、気温が平地より、5度は低い。
それに足を突っ込み、窓の外ばかりを見ていた。

鬱蒼たる落葉松林に、白樺が混生している。
さらには灌木があり、枝が群がり伸びている。
その林が雨に煙っている。

傍らで、先輩が喋っている。
あれほど、だめだ、やらないと言っていた、遍路旅の本を、
つい先日上梓させたそうだ。
その本の話になる。
出版のいきさつ、出版社の選定、担当者との打ち合わせ、
出版費用、配本の情況などなど、話すことはもう、山ほどある。

さらには、文学全般にも及ぶ。
中でも短歌だ。
先輩は、ある結社の会員になっていて、批評欄を担当している。
その歌評を私に見せ、感想を求める。
私が若い頃、短歌の同人誌に加わっていたことを、知ってのことだ。

歌論の応酬になる。
時間が、あっと言う間に過ぎる。
政治、経済、社会の諸問題に、話が及ぶ。
私はこれには、関心がない。
というより、これは話し出すと、甲論乙駁になりかねない。
それでもっぱら、聞き役に徹している。
九割方、先輩が喋っている。
これでいい。
先輩は、山籠もりがもう、半月にも及んでいる。
人とじっくり、話をする機会も、なかったと思われる。

なるほど……
うんうん……
そうですね……
私は、応答の言葉を、適宜に変えながら、ただぼんやりと、
窓の外を見ている。
これが本当の、うわの空だ。

ベランダに続くガラス戸に、林が映っている。
幅3メートル、高さ2メートルほどの、絵を見ている感がある。
その絵が、時々刻々に変化する。

落葉松の葉は、その緑が濃い。
白樺はそれは、淡い。
濃淡の混在する、その林に、霧が出て来た。
緑は溶け合い、鈍い単一色へと変わる。

霧が引き、少し明るくなった。
また、緑の対比が鮮やかとなる。
それを何度か繰り返しつつ、林は次第に暮れて行く。
暮色、実はこれがいい。
やがて漆黒の闇に閉ざされるまでの、この須臾がいい。

私はもっと見ていたいのだが、先輩から声がかかる。
「さあ飯や、今日は○○キッチンへ行こう」
「おいきた」
私は、腰を上げつつ、実は気乗りがしないでいる。
飯なんか、一食くらい、抜いたって構わないのにと思っている。

太るわけだ。
しかし、仕方ない。
放恣の三日間があった。
その代償である。



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歳を取ることも、まんざらではない

パトラッシュさん

彩々さん、
初老として下さって、ありがとうございます。
実は二人とも、立派な老境なのですがね。

テレビがない、ネットもない、浮世離れした空間では、話をするしか、ないこともあります。
しかし、この対談というものが飽きない。
何時間でも続く。
これはもしかしたら、老境にあることの、メリットであるのかもしれません。
私達が若かったら、とてもじっとはして居られないでしょうから。

2016/07/31 08:58:56

一週間のご無沙汰でした

彩々さん

山荘日記、楽しみに待っていました。
お元気でお帰りになられ良かったです。

山間に降り続ける雨の中、男二人がそれも
人生の酸いも甘いも噛分けた初老の男性たちの
話し声…、会話まで聞こえてくるようでした。

しばし離れていた時間も、それはそれ。
どんな時間を過ごしていたかということも、
人生に無駄な事は有りませんね。

パトさんの語り口は、何だか自分の事まで
しみじみと思い出させてくれるようでした。

2016/07/31 04:27:34

一山当てて

パトラッシュさん

Reiさん、
海でも山でも、自然はいいですね。
私のように、喧噪の町に住んでいると、ことにそう思います。

Reiさん、パッチワークで稼いで、山荘を買いませんか?
皆さんで、そこに集まりましょうよ。(笑)

2016/07/30 19:57:54

もののありがたさ

パトラッシュさん

喜美さん、
そうですね、あの困難な時代を生き抜いた者は、
嫌でも「もったいない精神」が骨身に達しますものね。
認知にならないのですか……
それはよかった。
喜美さんは、常に前向き、絶対認知にはならないでしょう。

2016/07/30 19:54:06

山も

Reiさん

楽しい旅でしたね。
私は何もない所が好きです。
今は海の近くに住んでいますが、山も好きです。
師匠が行かれたような山荘にも憧れます。
きっと師匠の文章に引き込まれたのでしょう(^^ゞ

2016/07/30 18:50:58

ハッハッハー 

喜美さん

私大笑いして見せてもらいました
勿体ない精神が服を着て歩く人間
それ私の方が無いとき育ったから
凄いと思います
認知にならない人 勿体なく色々考えながらお勝手やる人とテレビで言っていました 安心しました ほうれん草一把でも何と何作ろうかと自分でも貧乏性だと思いながら考えては作っていました
パトさんのような相棒もいて認知にならなく 安上がり こんないい事ありません

2016/07/30 17:06:02

別荘ライフ

パトラッシュさん

みさきさん、
他に何もないところですが、落葉松だけは、ふんだんにありました。
もう、いやになるくらいに。(笑)

東京の住まいに比べると、静かなこと……
若い人には、退屈なところかもしれませんが、
私には、この上ない環境でした。
自分では持てなかった別荘を、友人の好意により、
使わせてもらっています。

滞在中は、普段と少し、違うことを考えたりしています。

2016/07/30 14:20:06

信州です

パトラッシュさん

ウィールマンさん、
塩尻の少し手前に、茅野という駅があります。
そこから、車で三十分ほどのところ、八ヶ岳の阿弥陀岳の麓になります。
同じ信州、塩尻のご実家とは、似たような雰囲気のところだと思います。

2016/07/30 14:13:00

昔取った杵柄です

パトラッシュさん

ミルフィーユさん、
短歌をなさっていたのですか。
是非また、作歌をなさって下さい。
私は、小さな同人誌に加わっておりました。
随分と鍛えられました。
しかし、結婚後に中断し、そのまま止めてしまいました。
散文の方が、自分に合っている。
と思い、今はもう、散文専門です。
でも、昔取った杵柄であり、作品の評価については、今も多少の自信はあります。

2016/07/30 14:10:19

落葉松の道

みさきさん

>落葉松の葉は、その緑が濃い。
>白樺はそれは、淡い。
>濃淡の混在する、その林に、霧が出て来た。
>緑は溶け合い、鈍い単一色へと変わる。

この箇所が、素敵で、
ひんやりとした霧と、唐松の香を感じながら、
また、白秋の落葉松とも重ねながら、
何度も読ませていただきました。

落葉松の道が大好きです。

2016/07/30 12:05:02

パトラッシュさん

ウイールマンさん

息もつかず一気に、また大変楽しく読まさせていただきました。

表現力の素晴らしさに、感銘です。

2016/07/30 10:24:32

短歌!

ミルフィーユさん

おはようございます。
山荘での静かな、しかし密な時間に引き込まれるように読ませて頂きました。
短歌の同人誌に所属していたことがある、、、、で、思わず立ち止まりました。
私もある同人誌に入っていたことがありますが、仕事の忙しさに頓挫してかなりの時間が経ちました。
ライフワーク、そろそろ復活しようかと思ってはいます。
楽しい話を有難うございました。

2016/07/30 09:22:13

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